58

五十八、夜の闇を抜けて

「ブラド先生! A組五名、只今戻りました!」
「おう、お前ら無事だったか!」

 宿舎に戻るとそこには補習組の切島くん、芦戸くん、瀬呂くん、砂藤くん、上鳴くんの五名とB組担任のブラド先生が待機しており、皆は安堵の表情を見せた。
 現時点では戻ってきた俺たちと補習組とで生徒は総勢十名。二クラス合わせて計四十一名のはずだが、どうやら俺たちの他に肝試しから戻ってきた生徒はいないようだった。

「先ほど交戦中の相澤先生とすれ違いまして──」 

 まずは委員長の責務として、すぐさまブラド先生に状況報告を。それからみんなの安否確認を。
 森の中に散らばった生徒たちの状況把握には苗字くんの力が不可欠であることも伝えなければ。

 もし助力が必要な生徒がいれば、俺たちの中から救援に向かう必要が出てくるかもしれない。その判断も含めて、彼女には一度ブラド先生と話をしてもらう必要があるだろう。

「ここに戻る道中で苗字くんが散らばった生徒たちの安否確認をしてくれたんです。そこでブラド先生に状況を判断して頂きたく──」
「ああ、わかった。……それで、その苗字はどこだ?」
「……はい?」

 しかし俺が振り返ると、そこに苗字くんの姿はなかった。


 後でお咎めを受けるかもしれない。けれど、今は緊急度の高い順に処理していこう。
 そう決意して宿舎を出たのには、半分諦めもあった。

 本来ならばプロヒーローであるブラド先生に状況を伝えて判断を煽るのが正しい行動なんだろうけど、それでも所詮は口頭伝達。全てを見たまま伝えることはできないし、きっとブラド先生は生徒の私を前線に行かせることはしないだろう。
 その諦めのもとで私は一人宿舎を後にした。
 刻一刻と変化するこの戦場で、しかもこの深い森の中では、私が飛んでいくほうが結果的に速い。そう、判断した。

 一番近い敵の場所に赴く最中、頭の中にマンダレイのテレパスが響く。

『敵の狙いの二つ判明! 狙いは生徒のかっちゃんと苗字さん! 二人はなるべく戦闘は避けて! 単独では動かないこと! わかった!? 二人共!』

 狙いが誰であれ、ここまで来たんだ。もう後には引けない。

 

 しばらくして、ガス溜まりの中央に到着した。上空からはガスマスクの男がよく見える。
 黒い学ランを着た学生らしき少年が拳銃を片手に立っていた。

 すぐさま、その男を目掛けて矢を放つ。

「ぎゃあ!」

 マスクの外れた男がその場に倒れ込んで気を失った。目視で確認し、すぐさま次の現場へと向かう。
 急げ。今、彼らを救えるのは私だけだ。

 

「踏影くん!」

 バキバキと樹木を薙ぎ倒しながら夜の森を闊歩するモンスターが見えたのは、それからすぐのことだった。

 幸いダークシャドウくんにはわたしの放つ矢が有効であることは実証済みだ。
 羽をもぎり、弓に矢を番える。その大きすぎる的に向かって矢を放った。 

──ビュン!

「そんな、なんで……!」

 しかし光の筋を描いて飛んだ矢は、巨大な闇の中へと吸い込まれていった。
 刺さったのか、それとも刺さらなかったのか、判断できない。それほど呆気なくわたしの矢は闇の中へと消え失せた。

 踏影くんの唸るような声が聞こえる。
 彼らはわたしになど目もくれず、どんどんと森の中を進んでいく。力が解き放たれたダークシャドウくんには、私の光は届かないらしい。

 そんな時、前方から叫び声が聞こえた。

「苗字さん!」

 緑谷くんの声だった。

「緑谷くん! それに、障子くんも!」
「苗字、無事だったか!」

 空から急降下して、走り続ける彼らに並んだ。緑谷くんは障子くんの背中に負われている。近くに寄ると彼の有り様がよく見えた。
 その顔も腕もひどい状態で、すぐさま治療が必要だとわかる。すでに敵と交戦したのだろう。

「緑谷くん、その怪我……!」
「僕のことはいいんだ。それよりも常闇くんを早くかっちゃんのもとに!」

 背後には、動く物や音に反応しひたすら反応し、無差別攻撃を繰り出すだけのモンスターが迫っている。
 そうか、この先には爆豪くんがいるんだ。 

 前方に目をやると、視界の奥には氷山が聳え立っていた。あれは、轟くんの氷結だ。
 その氷を打ち砕くように無数の刃が突き刺さっている。どうやら敵と交戦中のようだ。 

「いた。氷が見える! 交戦中みたい!」
「爆豪! 轟! どちらか頼む、光を!」 

──ドゴッ!

 轟くんたちと交戦していたであろう敵の男が、ダークシャドウくんに一瞬のうちに薙ぎ払われて、木に叩きつけられる。

「轟くん! 爆豪くん!」

 思い切り叫んだ。

「お願い! 踏影くんを助けて!」

 すれ違いざまに二人が飛び出して、爆発と炎の光が辺りを包み込んだ。


 作戦会議を終えて宿舎に戻ることになったわたしたちは、来た道を戻るように森の中を駆けていた。
 前を走るのは緑谷くんを背負った障子くん、踏影くん、轟くん。その背中を追いかけるように私は爆豪くんの隣を駆けている。

 最初に言っておくと、彼は今、猛烈に不機嫌だ。

「爆豪くん! あんまり離れないでね!」
「俺に指図すんじゃねェ!!」 

 それもそのはず。先ほど緑谷くんが何の気なしに呟いた言葉が引っ掛かっているからだろう。
 確かあれは、このメンツならオールマイトだって怖くない、的な流れで。 

『かっちゃんの宥め役に苗字さんもいることだし!』

 満面の笑みで声高らかに叫んだ緑谷くんはきっと怪我しすぎてハイになっていたんだと思う。
 すぐさま火花が散って一悶着ありそうなところを、緑谷くんの言葉通りなんとか彼を宥めて今に至る。 

 さて、そろそろ偵察のカラスで見つけたお茶子ちゃんたちが見えてくる頃だ。 

「もうすぐ見えてくるはず! お茶子ちゃんと梅雨ちゃんが敵と交戦中!」
「位置を把握した! 気を引き締めていこう」

 先頭を走る障子くんが索敵して、わたしたちに警戒を促した。

 風がざわめく。ふと、カラスの声がした。

──〝逃げて!〟

 その瞬間、辺りは暗闇に包まれた。

error: このコンテンツのコピーは禁止されています