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特別推薦入試
にわかには信じ難いが、個性を複数所持しているという少女が雄英の特別推薦入試を受けることになった。通常の推薦入試では容易に突破されることが想定されるため、異例の対応として自分が駆り出されている。
その当事者が、こいつか──。
背中に黒い翼をもつ少女が、微笑みながら会釈した。
“飛べない”ほどの手狭なコンクリート部屋は、雄英高校のグラウンドβに設置された40平米ほどの密室。防護ガラスの向こうでは、校長、マイク、そして公安を名乗る人物が立っている。
渡された資料で個性は既に把握済みだ。基本は翼による滑空と、その黒翼が象徴する“カラス”の操作、自身の羽を使用する弓矢での攻撃──そして、なぜか超再生だ。
翼を消すことはできないだろう。ただし異形型には効果がない“抹消”も、発動型はその限りではない。つまり操作と再生を消せば、ほぼこちらに分がある。
プロヒーロー相手に一対一とはかつてない高難度入試。本当に個性の複数持ちならば、それらを使えないケースが最も苦しいだろうと想定された実地試験だ。
今回の“特別”推薦入試は半ば公安からの依頼でもあるため、結果はおおむね合格と決まっている。しかしこちらとて素直にエリート街道を歩ませるつもりは毛頭ない。一回くらいはその自尊心をへし折って“Plus Ultra”の精神を叩き込んでやらねば。
「俺に一発でも入れられたら合格だ。時間は有限。始めようか」
「制限時間は15分だァ! しっかり気張んな、女子リスナー!」
妙なアナウンスだな、という思考は開始を告げるカウントダウンの音でかき消された。
「遠慮は要らん。本気でかかってこい」
こんな手狭な部屋に閉じ込めておいてよくそんなことが言えるな、と愚痴のこぼれそうな口にチャックをした。”相澤”と名乗っていた全身黒ずくめの男は、雄英高校に勤める歴としたプロヒーローらしい。入試で”先生”とのタイマン。さすがに厳し過ぎでしょ……。
ゴーグルの奥、かすかに光る赤い眼がじわじわと距離を詰めてくる。障害物のない密室ではすぐに捕まってしまうだろう。
覚悟を決め、羽を一枚もぎり弓矢を構えた。
「やはり羽は使えるか」
羽は、ということはその他は使えない、ということだろうか──。
瞬きの刹那、男の首に巻かれていた布が恐ろしいスピードでわたしの左腕に巻きついた。グイッと前方に引っ張られ、よろけた眼前に靴底が飛び込む。蹴られる!
瞬時に翼をばたつかせ男の上を縦回転して蹴りをやり過ごしたが、想像の数段上をいく張力だ。着地し右手に構えていた矢を、ピンと張られた布に幾度か突き立て、かろうじて破り捨てる。
なんなの、この硬い布は!
「……捕縛布を破った奴は、久しいな」
想定外を楽しむような声から、プロヒーローの猛々しい精神力を感じる。
足が、すくみそうだ。
いや、震える心は一旦横に置いておこう。わたしだって、ただ茫然とやられるためだけに来たわけじゃない。この入試は”お兄ちゃん”に追いつくための、最初の一歩に過ぎないのだから。
「考え事とは、随分と余裕だな」
──俯瞰してみるんだ、名前。勝ち筋は、かならずある。
よみがえる兄の言葉を心に据え、わたしは今一度震える足を踏み出した。
しかし最初の蹴りを避けられたのは実力ではなく偶然の産物だったのだと思い知るのに、そう時間は掛からなかった。
あばらが、折られている。久しぶりの骨の折れる感覚に、下唇から血が滲んだ。強めに入れられた蹴りで地面に丸まった自分の身体には、無数の切り傷とともにあちこち布が絡んで動けない。
まだか、まだか、まだか! 焦る気持ちを、一方で俯瞰した自分が落ち着けと諭している。
ふと、心に凪が訪れた。……ようやくだ。
準備は、整った。大きく息を吸い込み、頭の中で号令をかける。
「ギィャァァァアア!!」
次の瞬間、防護ガラスの向こうからけたたましい声量が耳をつんざいた。目にせずともわかる、遊ばれていることだろう。眼前の男が何事かとそちらへ顔を向けるのを確認して、声を張りあげる。
「……っ、こっちにおいで!」
絡んだ布をそのままに立ち上がると、胸の痛みはもう無かった。新しい羽をもぎり、構える。腕の傷は跡形もなく消えている。問題ない、回復できてる!
男の背後にある扉から、突如ダンダンダンとけたたましい音が鳴りはじめた。
待ちわびた、まさに”その瞬間”だ──。
間髪入れずにドンと扉が破られ、視界が黒に染まる。タイミングを合わせて放った矢は、光の筋を描いて男の脚へ飛んだ。硬い布で腕の制御が利かず大腿部をかすめただけだったが、それでもいい。
よろける姿を確認して、すぐさま天井近くまで跳び上がった。自重で男を上から床に蹴り落とし、そのまま跨ぐように乗り掛かる。それは黒い靄の中、瞬く間の出来事だった。
ぐえ、きもちわるい、力、つかいすぎた……
めまいと激痛に頭を掴まれて、ぐわんぐわんと世界がまわる。四方の黒い靄が晴れてゆく。こころの中で”ありがとう”とカラスたちにお礼を告げた。彼らは強引に侵入してきた扉から優雅に飛び立っていく。
そうして、ようやく男の顔が現れた。口がうっすら開いていて、驚愕の色が見て取れる。こちらは息も絶え絶えだが、その顔を目にして思わず頬の筋肉がゆるんだ。
「……わたしの、勝ち、だね、」
急速に襲いくる睡魔に逆らえず、そのままボスンと前方に倒れ込んだ。文字通り、限界突破だ。おい、と聞こえる声に返答する余力もない。意識を手放す寸前で、男の首筋のにおいが鼻を掠めた。
天日干しされたのだろうか。そこからは確かに、おひさまのにおいがした。