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個性把握テスト
A組の生徒は、全員で21名。名前順のはずの出席番号は、なぜかわたしで終わっている。教室で着席したときに翼が邪魔になるから、とか適当な理由をつけて最後に回されたんだろうか。妙な特別扱いが別の意味を含んでいるようで怖い。
つまり何が言いたいかというと、第一種目の50メートル走は2人ずつこなしていくため、わたしだけハブということだ。
みんなの視線が集まる中、わたしはクラウチングスタートのポーズをとった。「え?あの子、足で走るん?」という誰かの声が届く。「いや違うよ。こっちの方が飛び出しに抵抗がなくてスムーズなんだよ」との返事は、……もちろんできていない。やっぱり大勢の人から注目されるのは、苦手みたいだ。
勢いよく翔び出した。結果は、4秒台前半。まあ、ぼちぼちかな。
その後、握力や立ち幅とび、反復横とびを終えてそこそこに好調な成績を残していく。正直、握力はどうしようもないのでお手上げだった。
次は、ソフトボール投げ。さて、どうやって飛ばそうかと考えあぐねていると、緑谷くんの順番が回ってきて近くに立っていた飯田君が「緑谷くんはこのままだとマズいぞ」と呟いた。確かに今のところ、彼は世間でいう一般的な成績しか残していないようだ。
「ったりめーだ。無個性のザコだぞ!」
突然の”無個性”というワードに身体がビクッと跳ねる。まさか無個性で、ヒーロー科に? できるものなのだろうか、そんなことが、本当に。
──それとも、わたしと同じで、個性ではない別のなにか……
緑谷くんに対して急激に興味が湧いて、行く末を見守る。1回目の投球を終えた彼に、相澤さんが近づいた。捕縛布が宙を舞って、入試で自分が対峙したときと同様に、髪が逆立っている。いろいろ知った今なら分かる、あれが”抹消”するときの姿なのだと。
ちなみに病院からの帰宅途中、彼のことをインターネットで調べたが、情報はほとんど出てこなかった。メディア露出を控えているらしい。あの個性なら敵に顔を知られていない方が有利だろうから、その点は大いに納得だ。
横道に逸れた考えが、緑谷くんの2回目の投球で現実に戻された。凄まじい力で投げ出されたボールは、はるか遠くへと飛んでいく。
あれが、緑谷くんの”個性”──。
あの距離なら先ほどの爆豪くんの記録にも及ぶのではないだろうか。
個性を使用した彼の指は痛々しく腫れ上がっているようだった。が、……なるほど、腑に落ちた。1回目の投球時に個性を抹消されていたということは、つまり”本物の個性”なんだろう。やはり無個性で別の能力がある者など、そう易々とは見つからないか。
投球を終えた緑谷くんを観察していると「デク、てめえ!!」と爆豪くんが駆け出した。一体、どうしたんだろう。口振りから察するに、二人は入学前からの知り合いのようだ。
しかし爆豪くんは瞬時に相澤さんの捕縛布に捕まってしまった。あの布が身体に巻き付いた時の感覚を思い出し、こちらもぶるりと身震いする。
「んぐぇ!……んだ、この布、固ェ!」
「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ『捕縛武器』だ。ったく、何度も何度も”個性”使わすなよ……俺はドライアイなんだ!」
──せんせい、どうぞおだいじに……
その後、自分の番が回ってきたのでとりあえずカラスを使って遠くに運んでおいた。
ソフトボール投げの後も、自分なりにそこそこの成績を重ねていく。特に持久走なんかはぶっち切りでゴールした。スピードに乗ればどんどん加速できるから長距離飛行はお手のものなのだ。えっへん。ただし順位は飯田くんの次、だけども。
そうしてすべての種目を終え、わたしたちは一カ所に集められた。結果が映し出される。講評もなくあっさりしたものだった。
わたしの結果は、3位か。うーん、本当にぼちぼちだ。ちなみに最下位は、……緑谷くん。姿を探すと、顔を伏せて小さく震える肩が目についた。その姿を見て、”除籍”の恐怖がさらりと背中をつたう。本当に、除籍されちゃうのかな……と、確かな不安がよぎった。
「ちなみに除籍はウソな。君らの最大限を引き出す合理的虚偽」
相澤さんの発言に、クラスのピリついていた空気ががなだめられていく。……はあ。とりあえず、緑谷くんが除籍にならなくてよかった。
仕事人は、うそつき。メモ。
テスト中、緑谷くんが指を押さえて辛そうにしていたので何度かお茶子ちゃんと声を掛けたが、わたしたちに心配をかけたくないのか「大丈夫だよ」の一点張りだった。彼の指はものの見事に変色していて、あらぬ方向へと曲がっている。絶対に大丈夫じゃないだろう。難儀な個性だなあ。
まわりで胸を撫で下ろす生徒たちへの「あんなの冗談に決まってますわ」という八百万さんの強気な言葉が耳に届く。はて、実際のところはどうだろうか……と残る疑念には見て見ぬ振りをしておいた。
放課後。
今日は初日ということもあり体力テストだけだったようで、着替えて教室に戻るとホームルームを経て解散となった。帰り支度を始めるクラスメイトたちを、一番後ろの席から見渡す。
授業は終わったが、今日の自分のミッションはまだ、達成とは言い難い。なぜならまだ話せていない女の子があと3人もいるからだ。
あくまで小学生の頃の記憶にはなるが、女の子という生き物は初日でコミュニティを形成し、そこで成果が挙げられなかった者には風当たりが厳しい、という傾向にある。
机の位置でいうと真反対にいる蛙吹さんが教室を出て行く姿が見えた。……くそう、遅かった。明日こそ声を掛けてみよう。
そして、残るは2人。内、自分の前の席に座っている八百万さんは先ほどの体力テストで一位の実力者だ。個性のことを話題にすれば、人見知りのわたしでもなんとか話しかけられそうな気がする。
帰り支度をしている背中に「あの、」と声を掛けた、そのときだった。
「なぁ、アンタすごかったな! 体力テスト!」
「!」
思わぬ方向から、突如、黄色い頭が飛び込んできた。驚いてのけぞる。目をぱちくりさせて、押し黙った。しかし彼はそんなわたしを気にも留めず、続ける。
「俺、上鳴電気、よろしくな!」
笑っている黄色い頭から目が離せなくなった。手汗がじんわりとにじむ。近い、この人、距離が近い……
「俺も思ったー!やっぱ飛べるってポテンシャル高ェよな〜」
続いて彼のやや後ろに立つ男の子が「俺は瀬呂、よろしく」と肘を上げた。あ、この人、テープの人だ。
ふうと息を整えて「……よろしく、苗字名前です」と答えると、黄色い頭──上鳴くんがさらにぐっと顔を近づけてきた。ち、近いってば……
「おう!……てかさ、苗字ってクソ可愛くね? いや〜〜教室入ってきたときマジ天使かと思ったもん、俺!」
「いやいや、お前ェ直球すぎだろ! それにしても翼でかいよな〜〜、その席狭くない?」
「あ、うん、」
「つーかさ、苗字ってなに好きなん? 今度、ふたりで飯行かね?」
飯、というワードにふと兄との約束事を思い出した。引っ越し前に、ひとり暮らしを始めるわたしへ、兄から(半ば強制的に)させられた約束がある。
【ひとり暮らしの三箇条】だ。
『ひとーつ、毎日かならず連絡いれること。俺、寂しがりやだからさ。ふたーつ、家に男を上げないこと。これ絶対、ガチで。みーっつ、男と二人でご飯やデートに行かないこと! こっちも絶対』
過保護、極まれり。当時は冗談半分に了承したが、入学早々、まさか本当にそんな状況がやってこようとは。うーん、早速破るのもどうなんだろう。兄には(わたしが隠したいことでも)なぜか、いつも、速攻で、バレてしまうから、黙って行くのも怖い。そして兄を怒らせてまで行きたいご飯などは、正直無い、と思っている。
うーん、と断る理由を探していると、上鳴くんとわたしの間に女の子が割って入った。耳のプラグが見える。まだあまり接点のない、耳郎さんだ。
「やめなよ、困ってんじゃん」
「……い、」
嫌ってわけじゃないんだよ、というわたしの言い訳が言葉になる前に、さらに背中が増える。
「そうですわ、全くもって低俗ですこと」
なんと、こちらから声を掛けようとしていた八百万さんも参戦して、女の子ふたり分の壁が立ちはだかった。頼もしい壁に上鳴くんが慄いて後ずさると、耳郎さんがこちらに向き直った。
「あんたも嫌なら嫌って言わないと」
「……うん、」
どうやらわたしの返答が決定打になってしまったようで、ふたりの後ろでガックリと項垂れて帰っていく上鳴くん。申し訳なく、その背中へ謝罪の視線を送っておいた。瀬呂くんは揶揄いながら、落ち込む彼の肩に腕を回して励ましている。
なんか、逆にごめんなさい。でも女の子と話すきっかけを作ってくれてありがとう。そっと心の中で手を合わせておいた。
二人が去るのを待って、彼女たちにお礼を伝える。
「……ありがとう。耳郎さん、八百万さん」
「初対面の女性にあのような誘い方は、感心しませんわ」
「そうそう、アレはないわ。でもヤオモモが怒るのは予想外だったかも」
「そんなことはございません! 女性に優しくない方は見逃せませんの、わたくし」
はて、「ヤオモモ……?」と首を傾げると、「ああ、八百万百だから、ヤオモモね」と耳郎さんが答えた。ああ! なるほど、ヤオモモか。ひとり頷いていると、耳郎さんがわたしの顔を覗き込んできた。
「てかさ、堅苦しいの嫌いなんだ。ウチのこと”響香”でいいよ」
「え! ほんと? じゃあ、……響香、って呼び捨てでもいい?」
「うん。じゃあこっちも、”名前”。よろしくね」
「うん! 」
「わたくしも、お好きに呼んでいただいて構いませんわ」
なんとなく、八百万さんの呼び捨ては気が引けた。ヤオモモは、もっと気が引けた。
「じゃあ、百、ちゃん……?」
「ええ。名前さん、これからよろしくお願いします」
「うん! ふたりとも、よろしくね!」
響香に、百ちゃん!──やった、またお友達ができた! しかも初めてのの呼び捨てだ。なんだかすごく友達っぽい!
つい気持ちが昂って「響香、百ちゃん……響香、百ちゃん」と自分の口に馴染ませた。響香がぶはっと吹き出して、はいはいと頬を染めながらそっぽを向いた。あ、しつこかっただろうか。隣で百ちゃんがやさしい顔でほほえんでくれている。
わたしは初めての呼び捨てに胸の高鳴りを抑えられず(しかも照れる響香が可愛くて)、しばらくそのやり取りを楽しんでいた。