14
USJ襲撃事件 ③
保健室だ、まずそこに向かおう。
戦場から離れ、少しずつ冷静さを取り戻していく頭に、リカバリーガールの顔が浮かんだ。治癒できる身体じゃないかもしれない。それでも今の私には、保健室以外に向かうべき場所が思い浮かばなかった。
飯田くんがうまくいっていれば、いつ救援が来てもおかしくない。更にギアを上げようと翼に力を込めたとき、下方に大勢の先生たちが見えた。
先生──、
「マイクせんせいっ!!!」
わたしの叫び声に、先生たちが空を見上げる。
「……苗字、無事だったか!」
降り立つと、そこには大勢の教員たちが一堂に会していた。マイク先生がこちらに駆け寄る。
「……っ、イレイザー!」
「相澤さんがっ、腕と、あたまを、……ヴィランに! ほねが、くだけて──」
堰を切ったように、涙が溢れてきた。呂律が回らない。──ちがう、そうじゃないだろう、
「みんなが、戦ってます! おねがい、みんなをたすけて、」
もう、大丈夫だ。そう言って、マイク先生はわたしの肩から相澤さんを下ろし、そのまま地面に横たわらせた。思わず、自分も膝をつく。
項垂れるわたしの頭を触って、マイク先生はすぐさま立ち上がった。その後ろから、リカバリーガールが現れる。顔を上げると、飯田くんもいた。
「ここは私に任せて、 あんたたちは先を急ぎな!」
リカバリーガールの掛け声で、先生たちがドームへと走っていく。わたしは、眼前に横たわる痛ましい姿をまじまじと目にして、更に涙が込み上げてきた。
なんの役にも立たなかった……なにも、なんにも──、
応急処置を施すリカバリーガールの隣で、わたしは為す術もなく、その場に座り込んでいた。近くのカラスたちが、”もうすぐ応援がくる”と叫んでいる。私はその知らせを聞くでもなく耳にしながら、ただ相澤さんの無事を願った。
突如、後方から地響きがした。振り向くと、黒いなにかがドームを突き抜けて飛んでいく。わたしが、手も足も出なかった、あの敵だ。
ああ、勝ったんだ、オールマイトが──、
その後、時を待たずして駆けつけた警察と救急隊に、わたしたちは保護された。泣いているわたしを見て、警察の誰かがもう大丈夫だから、と背中をさすってくれている。
それでもわたしは、運ばれていく相澤さんを前に、溢れる涙をしばらく止めることができなかった。
校内の至る所からサイレンの音が聞こえる。
「……18、19、20。両足重傷の彼を除いて、ほぼ全員無事か」
刑事さんが、クラスメイトの安否確認をしている。わたしは相澤さんの容体が気になっていた。
「とりあえず、生徒らには教室へ戻ってもらおう。すぐ事情聴取って訳にもいかんだろう」
「刑事さん、……相澤先生は?」
梅雨ちゃんの言葉に、俯いていた自分の顔が上がる。彼がちょっと待っててと言い、どこかへ電話をかけた。しばらくすると、治療を担当した医師からだ、と言ってスピーカーに切り替えた。
『両腕粉砕骨折、顔面骨折、幸い脳系の損傷は見受けられません。ただ、眼窩底骨が粉々になってまして、目に何らかの後遺症が残る可能性もあります』
「──だそうだ」
「……ケロ、」
「そんなぁ……」
「…………」
拳を握りしめる。わたしは梅雨ちゃんと峰田くんのとなりで、言葉を失ってしまった。
結果として、相澤さんと13号先生は重症を負ったものの命に別状はなし。オールマイトと緑谷くんはリカバリーガールのもと、保健室で治療中とのことだった。みんなの顔に、少しだけ安堵の表情が広がった。
しかし、命に別状はなしとは、現状を目の当たりにした者からすればずいぶん無慈悲な言葉だなと、しけた考えが頭をよぎる。
俯いていると、刑事さんがわたしに近付いてきた。
「君、悪いが先に少しだけ話を聞かせてもらえるかな。君が対峙した敵について、急ぎいくつか確認したい」
「……はい」
バスへと案内されていくみんなの背中を見送る。梅雨ちゃんと峰田くんが後方で心配そうにこちらを見つめていた。軽く手を振ると、安心したのかそのまま乗り込んでいく。
全員が乗ったバスが見えなくなると、それを待っていたかのように彼が話し始めた。
「やあ、ひさしぶりだね」
そう言って、薄く笑う刑事──塚内さん、とは面識がある。
2年ほど前、上からの提案で自衛隊と警察の合同訓練に参加させてもらったことがあった。当時のわたしはほとんど見学させてもらうだけだったが、そのときに知り合ったのが塚内警部だ。あの時、表向きは警察官志望の見学者として通していたが、わたしが公安お抱えの少女であることは彼にとって想定の範疇だっただろう。わたしに声を掛けるにあたり、クラスメイトたちへ気を利かせてくれたようだ。
「雄英に入ったことは聞いていた。入学早々、大変な目にあったね」
「……はい、でもわたし、何もできませんでした」
「そんなことはない。君が対峙した敵は、間違いなく敵方の主戦力だった。オールマイトをあそこまで追い詰めたんだからね」
オールマイトを追い詰めるほどの、強敵、か。
「……口実ですか? それとも、本気の事情聴取ですか?」
「あいかわらず、君は……いや、なんでもない。口実半分、聴取半分だ」
その後、敵についていくつか質問をされたので、ただ事実だけを答えた。個性を複数所有した敵だ。警察側も困惑していることが、肌で感じ取れた。もちろん、腕の負傷については言及しなかった。
なにが特別推薦だ。なにが公安お抱えの少女だ。
事情聴取の最中、頭に浮かんでくるのはそんな自責の念ばかりだった。
教室への長い廊下を歩く。頭には事件のことが、張り付いて離れない。
プロヒーローが日々なにと戦っているのか。わたしは今まで、何一つ、わかってなかった。身体が竦むほどの恐怖とともに、初めて対峙した底知れぬ悪意。
今日は、ひとりで眠れそうにないや……。
腕をさすった。寒くないのに、なんだか身体が冷えている気がした。
教室に着くと、扉の前には偶然かそうでないのか、梅雨ちゃんと峰田くんが立っていた。
「あ、苗字ー! 」
「名前ちゃん、事情聴取おつかれさま。身体は、もう平気なの?」
「梅雨ちゃん、峰田くん……うん。わたしは大丈夫だよ」
「ほんとかよ!? お前、あの敵に投げ飛ばされてたじゃねェかよ!」
「ケロケロ、とてもひどい怪我に見えたのだけど、」
「……ううん。腕を捻ったけど、今は平気」
ごまかし方が、わからない──。
わたしが薄く笑うと、梅雨ちゃんと峰田くんはそれ以上踏み込んでこなかった。実際のところ、私の身体は”もう”どこも怪我してないのだから、二人には勘違いだったと思い直してもらうほかない。
超再生の件は、極力、他の学生に露呈させないこと。それが先生たちとの約束だ。まあ、普通じゃないよね、こんな身体。
「名前ちゃん、ひとついいかしら?」
「……なに?」
「相澤先生とは、お知り合いなの?」
「え?」
「……あのとき、”相澤さん”と呼んでいたから」
あ、そうか。あの時、わたし必死で──。
「あ、いや、えっと…………うん。入試のときにね、ちょっとトラブルがあって……お世話になったから、そのときの名残で。……だめだね、ちゃんと”先生”って呼ばなきゃ、」
「やっぱりなー! さすがに親戚じゃねぇよなって話してたんだよ。似てもに似つかねぇしよー!」
「ケロケロ……わたしも変なこと聞いてしまってごめんなさい」
二人が気にしてるということは、後で緑谷くんにもフォローしといた方がいいだろう。二人が無事で本当に良かったよ、と笑うと「そりゃ、こっちのセリフだぜ」と峰田くんが呆れ顔満載で両手を上げた。
それを見て苦笑いをこぼすと、梅雨ちゃんにやさしく抱きしめられた。
「すごいわ、名前ちゃん。……本当に、よくがんばったわ」
──ああ、わたし、人肌が恋しかったんだ……
やわらかいぬくもりに、心に巣食った恐怖が溶かされていく。自分も腕を回すと、ひと筋の涙がこぼれて、梅雨ちゃんのコスチュームに流れていった。