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十九、雄英体育祭、開幕
『雄英体育祭! ヒーローの卵たちが、我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!! どうせアレだろ、こいつらだろ!? 敵の襲撃を受けたにもかかわらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星! ヒーロー科、一年A組だろォ!?』
マイク先生のハイテンションな実況に、まるで生ラジオを聴いているような感覚になった。
自然とこちらのボルテージも上がっていく。握りこぶしに汗を感じて武者震いすれば、隣に立つ踏陰くんも同じように熱い息を吐いた。
「緊張するね……!」
「ああ。悪くない高揚感だ」
常闇踏陰くん──その風貌ゆえに入学当初から勝手に親近感を抱いていた彼とは、ここ二週間でかなり仲を深めている。
きっかけは、放課後に同じ場所で訓練を始めたことだった。今ではダークシャドウくんとも良い関係を築けていると勝手に自負している。えっへん。
でも踏陰くんとは逆に、彼は──。
前を歩く轟くんの背中を見つめた。その鋭く冷たい背中に、さきほどの好戦的な言葉がよみがえる。緑谷くんへの宣戦布告にまぎれて、まさかの変化球をくらってしまった。
『轟くんが何を思って僕に勝つって言ってるのかは、分かんないけど。そりゃ君の方が上だよ。実力なんて大半の人に敵わないと思う、客観的に見ても。でも! 皆、他の科の人も、本気でトップを狙ってるんだ。遅れを取るわけにはいかないんだ。僕も本気で獲りに行く!』
緑谷くんの言葉に、彼は小さく「ああ」と返して、それから──。
『……お前にも負けるつもりはねえぞ、苗字』
闘争心剥き出しの男同士のやりとりのなかへ、取ってつけたみたいに引っ張り込まれて、こちらは「ヒッ」という叫びしか出なかった。
たしかに今までもうっすらと感じてはいた。轟くんからよく思われていないことに。たぶん、屋内での戦闘訓練からだ。あれ以降、彼は間違いなくわたしを気嫌いしている。
けれど、あのときはたまたまわたしたちが勝っただけのことであって、ここまで引きずるほど酷い争いをしたわけじゃない。きっと根に持つタイプなのだ。そうに違いない。
はあ、どうしたものか──。
他人に忌み嫌われることはあっても、人さまに敵意を向けられた経験は、あんまりない。特にここ数年はお兄ちゃんのおかげもあって、言葉の棘に傷つくこともなかった。
なのに、まさかクラスメイトから恨まれてしまうなんて。
「選手宣誓!」
ミッドナイト先生の言葉で、ふと我に返る。
いけない。気の抜けない大事なイベントだった。
しかし、入れ直した気合いも彼女のコスチュームを見ると気恥ずかしさゆえに兜の緒が緩んでしまう。
「十八禁なのに高校にいてもいいものか」
「うーん……ほんとだね」
隣の踏陰くんも眉をひそめている。
「静かにしなさい! 選手代表! 一年A組、爆豪勝己!」
先生に呼ばれてゆっくりと登壇するクリーム色の彼、爆豪くんは奇妙なほど静かだった。
もしもこの体育祭で上位に残ったら、おそらく彼とも対戦することになるだろう。訓練では頼もしいあの背中も、対峙すれば武神のごとく襲ってくるに違いない。
「せんせー、俺が一位になる」
湧き起こるブーイングの嵐に、くすりとした──ああいうところは、意外と嫌いじゃない。だっていつでも勝ちを貫くスタイルは、真似したくてもなかなか真似できるものじゃないから。
こっちも負けないように、頑張らないと。
「さーてそれじゃあ、早速第一種目行きましょう。いわゆる予選よ! 毎年ここで多くのものがティアドリンク! さて運命の第一種目! 今年は、コレ!」
モニターに〝障害物競走〟の文字が映し出されて、思わず口角が持ち上がる。
「さあさあ、位置につきまくりなさい!」
わたしは群衆を避け、後方で位置についた。大きく息を吸い込む。
お兄ちゃん、見ててね──。
「スタ───ト!!!」
地面を蹴り上げ、自由な空へと飛び出した。
『さーて実況してくぜ! 解説アーユーレディ!? ミイラマン!』
『無理やり呼んだんだろうが』
『早速だが、ミイラマン! 序盤の見どころは?』
『……今だよ』
狭い出入口を、誰もいない空中から一直線に飛び抜けた。ここが、最初の〝ふるい〟。地上では足元を氷漬けにされた人たちが団子のように固まっている。
「クラス連中は当然として、思ったより避けられたな……」
「お先です、轟くん!」
「チッ……!」
彼の横を、超速で通り越す。
『一年A組、苗字名前! 早くも首位を独走! やっぱりアレか!? ここはお前の独壇場かぁぁ!?』
『……水を得た魚だな』
きゃああ♡ マイク先生の生実況がわたしを褒めてる! 帰ったら絶対に録画観よう!
思わず心の中で熱狂していると、目の前に巨大なロボットが姿を現した。
『さぁ、いきなり障害物だ! まず手始めは……第一関門、ロボ・インフェルノ!!』
ロボ・インフェルノ──一般入試に投入されたこのロボットについては、クラスのみんなが話していたから知っている。
推薦入学であることを隠すために、適当に話を合わせていたけれど、まさか一般入学者たちがこんな大型ロボと戦っていたなんて。
下手したら、相澤先生よりずっとおっかない。
でもこんな序盤で足止めを食らうわけにはいかない。さらに速度を上げ、ロボットたちの足場を縫うようにその巨体を追い越した。
『苗字はロボ・インフェルノを難なくクリア! くぅー! 予想はしてたが一抜けだぁー!!』
『あいつの場合は、障害物が障害物になってないな』
ちょうどロボットを追い越したタイミングで、背中に恐ろしい冷気が走った。
「わっ!」
すんでのところで殺気じみた冷気を避け、後ろを振り返る。氷漬けにされた巨体がバランスを崩して倒れていた。
その下を悠々と走り抜ける轟くんが見える。少し距離はあるが、こちらを強く睨みつけているのがわかった。
『一年A組、轟! 攻略と妨害を一度に! こいつぁシヴィ!! すげぇな! アレだな、もうなんか……ズリィな!!』
『合理的かつ戦略的行動だ』
『さすがは推薦入学者! 初めて戦ったロボ・インフェルノをまったく寄せつけないエリートっぷりだ!』
わー……って、感心してる場合じゃない!
迫る冷気の男に追いつかれまいと、わたしはそそくさと先を急いだ。
その後、第二関門であるザ・フォールを抜けて(というかただ上を飛んだだけだけど)後方を確認すれば、轟くんは綱を渡り始めたところのようだ。ここまで来るには、まだ少し時間がかかるだろう。
その後ろには、かすかだけど爆豪くんの姿も見える。スロースターターにエンジンが掛かりはじめたらしい。
スピードを緩め、辺りを見回した。この場所は次なる第三関門とザ・フォールを繋ぐ道のちょうど中間地点。
──うん、ここにしよう。
大きく羽ばたかせた翼が風を掴む。地上近くを飛んでいた身体は垂直に上空へと舞い上がった。
やわらかい風がわたしの身体を空高くへと運んでゆく。