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二十八、表彰式

「目、覚めたかい?」
「……ん」

 瞼を開けると、そこには白い天井が見えた。ああ、気を失ってしまったのか。
 ゆっくりと両手で起こした身体には、まだ怠さが残っている。睡眠不足は拭えないが、なんとか動けるくらいには回復しているようだ。

「……んん、まだねむいです」
「そんでもそろそろ起きんさい。もうすぐ決勝戦の決着がつくさね」
「え、もうそんな時間ですか?」

 限界突破したのは、相澤先生との入試以来だな。
 久しぶりに全力を出してしまった。カラスを増やすとどうしてもエネルギー切れが早くなってしまう。戦闘訓練だけじゃなくて、こっちももっと鍛えなくては。
 ぼんやりした頭が少しずつ冴えてくると、「ほら、ペッツだよ」とリカバリーガールがわたしの元へと近づいてきた。

「あと悪いが、その子たちはあんたにしか治せないよ」
「え……?」

 指を差された隣のベッドに目を向けると、ブルーシートの上に弱ったカラスたちが所狭しと並べられていた。

「わっ! だ、誰が運んでくれたんですか?」

 ベッドから飛び起きて、カラスたちに手を伸ばす。幸い、酷い怪我を負った子はいないみたいだ。ほっと息を吐く。よかった、本当に。

「救護ロボが運んできたさね。まさか人間じゃなくて、カラスが運ばれてくるなんて思いもせんかったよ」
「あはは、ですよね。すみません」

 カラスを撫でる手をそのままに、意識を失う前の記憶を辿った。たしか、気を失う前、爆豪くんに頼んで──。
 彼はわかっているような口ぶりだったから、ミッドナイト先生にでも頼んでくれたんだろう。
 それにしても、爆豪くんがカラスたちの〝回復方法〟について知っていたとは驚きだ。以前の訓練の時にでも見られていたんだろうか。わたしは彼の洞察力すら見誤っていたらしい。とにかく、会ったらちゃんとお礼を言わなくちゃ。

 撫でていた手元のカラスが「カーッ!」と元気に鳴き声をあげる。その姿に頬をゆるませながら、今度は隣のカラスを撫で始めた。回復したカラスたちが、順に窓から飛び立ってゆく。

 そういえば、ともう一方の手で自分の髪の毛に触れた。ぴょこんと跳ねた寝癖に、はあ、とため息が漏れる。さて、こちらはどうやって直そうかな。


 運営スタッフの人が保健室にやってきて、会場の地下へと案内された。表彰台は地下から登場するパターンなのね、と凝ったステージにひとり感心する。
 奥には、人影が見えた。

「ん゛~~!!」
「ええええ!?」

 一瞬、猟犬でも繋がれているのかと思ったその場所には、なんと爆豪くんが立っていた。拘束具を全身にはめられ、背後の柱へと縛り付けられている。
 口が塞がれていてよく聞き取れないが、なにやら言葉にならない雄叫びを上げていた。

「ど、どしたの……?」
「起きたのか、苗字」

 わたしの声に反応したのは、爆豪くんの奥に立っていた轟くんだった。こちらに気付いた彼が、俯いていた顔を上げる。

「う、うん……」

 緑谷くんとの戦い以降、角が取れたように大人しくなった轟くんが普通に話しかけてきた。今までだったら絶対に有り得ないことだ。だって、鋭く冷えた視線が今でも心に染み付いているほどなのだから。ぶるり。
 こちらは未だに緊張が抜け切らず、反応がしどろもどろになってしまう。変わりすぎでしょ、あなた。

「け、決勝戦おつかれさま、轟くん」
「ああ」

 わたしたちの会話の最中も、終始叫び続ける爆豪くん。よくよく目を凝らすと、爆豪くんは轟くんに向かって何かを叫んでいるように見えた。

「もしかして、爆豪くんとなにかあったの……?」
「……まあ、そうだな。俺に対して怒ってることには違いねぇ」

 よほど激しい戦いだったのだろうか。だとしても、一位の表彰台に立つのは爆豪くんなのだから、怒る理由もないように思うのだけど。
 わたしは怪訝な顔を崩さないまま〝3〟と書かれた表彰台の上に立った。
 このまま、拘束具をつけて表彰式に出るってこと? 爆豪くんって、どこまでもわたしの想像をこえていくなあ。

「昇降しますので、その場から動かないように」

 運営スタッフさんからの声掛けで、自分の顔をパシンと叩いた。苦い顔で固まった頬の筋肉をゆるませる。
 せっかく寝癖も直したんだし、笑顔、笑顔っ!

 そこで、はたと気がついた。あれ? そういえば三位決定戦をしてないけど、飯田くんはどこにいるのだろう?
 しかしその疑問を置いてけぼりに、足元でガタンと大きな音がする。 

「足元動きます」

 ステージがゆっくりと上昇を始めた。天井が開いて、その先には青い空が見える。遠くに聞こえていた歓声が、胸の底に響くくらいに大きなものへと変わった。

「それではこれより! 表彰式に移ります!」

 昇降ステージが上がり切ると、みんなの顔が見えた。頑張ってつくった笑顔が、また引き攣る。

「ん゛ん゛~~~~!!」

 うん、そうだよね。そうなるよね。
 ステージ上から見るみんなの眉毛が、見事なまでに八の字を描いていたのは言うまでもない。


「名前ー! 爆豪戦、すんっごかったねー!」
「名前ちゃん、もっかい銅メダル見せてー!」
「はい、どうぞ~」

 体育祭後に相澤先生の簡単なHRを終え、三奈ちゃんと透ちゃんが跳ぶようにわたしの元へやってきた。笑顔でふたりを迎えると、他の女の子たちもじわじわと集まってくる。

「素晴らしい戦い振りでしたわ、名前さん」
「ケロケロ! とっても勉強させてもらったわ、名前ちゃん」
「ありがとう! 百ちゃん、梅雨ちゃん」
「あの爆豪くんを圧倒しとったんがすごい! デクくん、ずーっとブツブツ言いよったよ」
「ほんと? なんかそれ、恥ずかしいなあ~」
「それより! 体育祭も終わったし、二日も休みあるしってことで、みんなでどこか行こうよー!」
「お、いいね。まだみんなで休日遊んだことなかったし」

 透ちゃんからのお誘いにめずらしく響香が乗ると、すぐさま話は広がってゆく。女の子七人でお出かけなんて、人生で初めてだ!

「どこがいいかなあ~。うち仕送り生活やから遊園地とかは難しいかもしれん」
「遊園地のチケットくらいでしたら、私の方で用意できるかもしれませんわ。お母様に確認してみましょうか?」

 ゆ、遊園地のチケットくらい……? 

 前から思っていたが、もしかして百ちゃんはあれなのか? ボンボンなのか? 三奈ちゃんが前のめりで目を輝かせた瞬間、横からやんわりと彼女を制したのは梅雨ちゃんだった。

「でも振替休日だから身体も休めた方がいいんじゃないかしら、ケロ……」
「あう、それもそっか~。じゃあ初めてだし、近場で集まる?」
「普通にファミレスで話すのも楽しそうだね!」
「うーん、……それならカラオケは?」

 大人しく聞いていた会話の中、響香の発した〝カラオケ〟という言葉に身体がぴくりと跳ねる。

「え、カラオケ? わたしカラオケ行きたい!」

 急に声を上げたわたしにみんなが驚いて、それからゆっくりと笑顔をつくった。

「じゃあ、体育祭で一番頑張った名前の意見を採用して、カラオケに決定!」
「「「異議なーし!」」」
「お、なになに~? カラオケ行く系? 俺らも混ぜてよ!」

 女子の輪に乗り込んできた上鳴くんに、響香がどしんと立ちはだかる。

「いやいや、男子禁制なんで」

 響香の辛辣すぎる対応に、上鳴くんはがっくりと肩を落として帰っていく。この光景、いつかも見た気がするな。気のせいだろうか。

 しかしこちらを振り返った響香が満面の笑みを浮かべていて、そんな考えはすぐにどこかへと吹き飛んでしまった。

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