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職場体験 ③

 一週間の職場体験は、初日を除いてほぼ同じようなスケジュールだった。

 午前中はエンデヴァーヒーロー事務所の鍛錬場でミルコさんと手合わせ。事務所の食堂で昼食を済ませ、午後からは見回りに出る。

 正直なところ、手合わせでフルボッコにされた後の見回りでは到底ミルコさんに追いつけることもなく、2日目以降はむしろ置いて行かれることが増えてしまった。あの性格上、待ってくれるなんてことも、もちろんない。

 あれは、2日目の夜だったか──。どこかのビルの屋上で事切れたように気を失っていると、一度だけミルコさんが迎えにきてくれたことがあった。意外とやさしいんだな、なんて感情が湧いたのも束の間。首根っこを掴まれて、気付けば例の食堂へ。

「いらっしゃい! 食材、たんまり仕入れといたよ!」

 変わらず笑顔で迎えてくれる店主の顔を見ると、心の表皮がざわりとした。もちろん、彼に悪気はない。しかしあれ以降、わたしはこの食堂を、地獄の飯釜、と呼んでいる。

 

 3日目の夜。宿舎に戻ってきたタイミングでスマホを確認すると、緑谷くんからメッセージが届いていた。

「え……? なにこれ、」

 位置情報のみを、クラスメイトへ一斉送信。一年A組のグループでは、何事だ!?と盛り上がった痕跡が数十件。しかし最後のメッセージの送信時間を確認して、完全に出遅れてしまったことに気づく。

 時計を見ると、すでに日を越して1時を回っていた。『念のため、通報しといた』という切島くんのメッセージを読んで、心配は消えないながらも潔くベッドに入る。そうだ、今は自分のことに集中する時だ。新しく掴み掛けたイメージを頭の中で反芻しながら。しかし、枕に頭を縫い付けた瞬間には、すでに眠りに落ちていたように思う。

 

 さらに次の日の朝、緑谷くんからクラスメイトへの二度目の一斉送信があった。位置情報だけだった一通目のメッセージは、SOSだったこと。謝罪と感謝を織り交ぜた内容に、飯田くんと轟くんの無事も記されていた。

 事の次第はわからないが、ヒーロー殺しと会敵して怪我を負い、入院しているとのことだった。
 先ほどから、備え付けの小さなテレビが繰り返し報じているヒーロー殺し、ステインの逮捕。7名のプロヒーローと高校生3人が巻き込まれ──。まさかその3人が、緑谷くん、飯田くん、轟くんだったとは。

 過不足ない文面を読んでも、どことなく気持ちは落ち着かず、わたしは緑谷くんへの通話ボタンを押した。入院って、どれくらいの怪我なの? 話せるくらい? 動けるくらい? しかし数回のコールの後、通話中とのアナウンスが流れて、無情にも電話は切られてしまった。

 すん、と鼻から息が漏れる。──いや、大丈夫。あの3人なら、きっと大丈夫だ。信じよう。わたしはテレビを消して、そのまま部屋を出た。

 ミルコさんが鍛錬場に来る前に、形にしなければ。今は、自分のことに集中する時だ。


 俺があいつの事務所に戻ってきたのは、職場体験5日目の朝だった。

 緑谷や飯田と比べて、軽傷だった自分の身体。それならば、あいつから学べることは学んでおきたい、とそう思った。

 事務所に戻ると、サイドキックの面々が「おお、焦凍くん、おかえり!」や「大変だったね〜」と、まるで事の次第を知っているような声を掛けてきた。……クソ親父から話があったのかもしれない。

「あいつ……いや、エンデヴァーは、部屋にいますか?」
「ああ、機嫌はすこぶる悪いけどね、執務室にいるよ」
「……そうですか、どうも」

 ここへ訪れたとき、最初に通された部屋だ。そこへ向かおうと足を踏み出したところ、背後からそういえば、と声が掛かった。

「ショートくん! レイヴンちゃんもかなり頑張ってるみたいだよ」

 レイヴンちゃん──?

 数秒の間をおいて、……ああ、苗字のことか、と頭の隅でクラスメイトのヒーロー名と結びつく。立ち尽くしている俺に「鍛錬場はすぐ上の階だから、顔出してあげなよ」とお節介そうな男が呟いた。そうか、この事務所にはもう一人居るんだったな。ついでに覗いていくか。

 一つ上の階なら、と、エレベーターではなく階段を選んで登る。一歩ずつステップを踏み締めながら、一昨晩、自分が飯田に掛けた言葉が蘇ってきた。

『なりてえもん、ちゃんと見ろ!』

 インゲニウムがやられてからの、飯田が気になった。恨みつらみで動く人間の顔なら、よく知ってたから。俺も少し前までは、どうやって親父を見返すか、そればかり考えていた。……いや、むしろその一心だった。緑谷にあの言葉を掛けられるまで、俺はずっと囚われたままだったから。

『君の、力じゃないか!!』

 勝ちてえのか、負けてえのか。ただ、全力で挑んでくる緑谷に、全力で応えなきゃと。それだけだった。意を決して会いに行った、お母さんに。そんな俺を驚くほどあっさりと、笑って赦してくれた。そうして、病院からの帰り道に、偶然出会したあいつ──苗字、がくれた言葉。

『わたしは轟くんの紅い髪を見ても、轟くんのお父さんのことは思い出さないよ。轟くんの紅い髪がきれいだなって、そう思うだけ──轟くんは、轟くんだから』

 今までなら、ああ、そうか。と何も感じず聞き流すだけだっただろう。──なのに、ずっと胸に留まっている、気がする。やけに鮮明に焼きついた記憶の中、夕焼けの匂いが残る公園で、街灯の明かりが照らした横顔。こっちを向いて、すっとほほえんだ苗字が、俺の心に薪を焚べ続けている。

 気づけば、”鍛錬場”と掲げられた扉の前に来ていた。

 重たい扉を開ければ、目の前には今しがた頭の中を巡っていた人物。しかし、記憶の中の彼女とは似ても似つかない、目隠しをされた姿で──。

 口のまわりを真っ赤に濡らして立ち上がる苗字が、そこにいた。

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