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四十三、期末試験のはじまり
三日間の筆記試験を終えて、わたしたちは実技試験会場の中央広場に集められていた。
「それじゃあ、演習試験を始めていく。この試験でも、もちろん赤点はある。林間合宿行きたけりゃ、みっともねぇヘマはするなよ」
先生たち、ずいぶん多いなあ。
試験の説明を始めた相澤先生の隣には、七人の先生たちが並んでいる。
エクトプラズム先生、セメントス先生、マイク先生、ミッドナイト先生、十三号先生。それから、なぜか三年生担当のスナイプ先生や、サポート科のパワーローダー先生までいる。
バラエティに富んだ面々は、朧げながらもわたしたちに不穏な空気を感じさせた。
「諸君なら事前に情報を仕入れて、なにするか薄々わかってるとは思うが……」
「入試みてぇなロボ無双だろ!?」
「花火! カレー! 肝試──!!」
はしゃぎ出す上鳴くんと三奈ちゃんは筆記試験が上手くいったのか、ずいぶんと陽気だ。
「残念! 諸事情があって、今回から内容を変更しちゃうのさ!」
そう叫びながら、相澤先生の捕縛布から何かがぴょこっと顔を出す。よくよく見ると、校長先生だった。
なにそれ、ビジュがエモい!
あまりの可愛さに写真に収めたい欲をぐっと呑み込むけど、思わず口がムニムニしてしまう。
なるほど。どうりで捕縛布がもっこりしてるワケだ。
「これからは対人戦闘・活動を見据えた、より実践に近い教えを重視するのさ! というわけで、諸君らにはこれから二人一組でここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう!」
先生たちとの戦闘──!
「なおペアの組みと対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度、諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表してくぞ」
驚く間も与えず、相澤先生が演習試験の説明を進めていく。
マズい。さっきの絵面が焼きついて、話があんまり入ってこない。
「まずは、轟と八百万がチームで、俺とだ。そして、緑谷と爆豪がチーム。で、相手は──」
「私が、する!」
オールマイト──!
いつも通り空からやってきたナンバーワンヒーローに、クラスメイトたちがどよめいた。
これで教師は全員で十名。まさか、期末試験が先生との戦闘だなんて。
特にオールマイトなんかとやり合ったら命がいくつあっても足りない気がする。爆豪くんと緑谷くん、かわいそう。
「協力して勝ちにこいよ、お二人さん」
挑発するように、オールマイトが二人に笑いかけた。
「それじゃ、残りの組み合わせと対戦する教師を一気に発表するよ!」
「次、蛙吹と常闇がペア、で相手はエクトプラズム。続いて──」
相澤先生から対戦相手が発表されていくにつれ、少しずつ体がこわばってゆく。バクバクと鳴り止まない心臓にそっと手を当てた。
わたしは、どの先生と対戦するんだろう。
教師との対戦は、推薦入試での相澤先生以来だ。あの時は一発でも入れられたらわたしの勝ちだった。
でも、今回は違う。戦って、確実に勝たなきゃいけない。
「──そして、瀬呂と峰田、相手はミッドナイトだ」
「試験の制限時間は三十分。君たちの目的は〝このハンドカフスを教師に掛ける〟or〝どちらか一人がステージから脱出する〟ことさ!」
ん──?
「先生を捕えるか、脱出するか。なんか戦闘訓練と似てんな」
「本当に逃げてもいいんですか?」
「うん!」
上鳴くんと三奈ちゃんの問いかけに、校長先生が答える。
いや、いやいや。ちょい待ち。
「とは言え、戦闘訓練とはワケが違うからな! 相手はちょ──う格上!」
「核、上……? イメージないんスけど」
「Dammit! Hey girl, watch your mouth! huh!?」
マイク先生の言葉に、響香が突っかかっている。
格上ね。うんうん。じゃなくて。
「今回は極めて実践に近い状況での試験。僕らをヴィランそのものだと考えてください」
「会敵したと仮定し、そこで戦い勝てるならそれで良し。だが……」
「実力差が大き過ぎる場合、逃げて応援を呼んだ方が賢明。轟、飯田、緑谷、お前らはよくわかってるはずだ」
相澤先生が厳しい視線を三人に向けた。
ええ、ええ。その三人はよくわかってるでしょうよ。……で?
「君らの判断力が試される! けど、こんなの逃げの一択じゃね? って思っちゃいますよねー。そこで私たち、サポート科にこんなの作ってもらいました! 超圧縮おーもーりー!! 体重の約半分の重量を装着する。ハンデってやつさ。古典だが動き辛いし体力は削られる」
オールマイトの腕に重量のありそうなおもりが装着された。
「戦闘を視野に入れされるためか。ナメてんな」
「ハッハッハ! ……どうかな?」
おもりがハンデね。……うん。いや、そうじゃなくてさ!!
「あのっ!!!」
突然のわたしの叫びに、隣に立つお茶子ちゃんがビクッと跳ねた。みんなから注目が集まる。
「……わたし、呼ばれてないです」
酷い。そんなことある? 忘れられた? そんなに存在感薄い?
声がうわずって、顔がさらに熱をもつ。両の手をぎゅっと握りしめた。
「あー……苗字。お前は面倒だから最後に回す」
相澤先生が、しごく面倒そうに応えた。
「え!?」
「ちなみに対戦相手はエクトプラズムだ。準備しておけ」
「ちょっと、え、パートナーは誰ですか? もしかして、また残った元気な人とかですか?」
「……そこは状況を見て判断する」
え、わたしだけ雑! ひどっ!
あまりの酷い扱いに、思わずたたらを踏んだ。
意味がわからない。その特別扱いは全然嬉しくない。
しかし相澤先生は、慄くわたしをお構いなしに皆の方へと向き直った。大して気にも留めていない様子だ。
「よし。チームごとに用意したステージで、一戦目から順番に演習試験を始める。砂藤、切島、用意しろ」
「「はい!」」
「出番がまだの者は試験を見学するなり、チームで作戦を相談するなり、好きにしろ。以上だ」
こうして、わたしたちの鬼畜すぎる演習試験が幕を上げた。
ずかずかと勇足でやってきたモニタールームには、リカバリーガールが巨大モニターを眺めながら腰かけていた。激務を予期した背中は、気のせいかすでに疲れが見てとれる。
いや、そんなことよりも!
「リカバリーガール、聞いてくださいよ! 酷いんですよ、相澤先生!! ……って、緑谷くん」
「あ、おつかれ! 苗字さん」
「ねえ、さっきの酷いよね!? わたしだけ完全に仲間外れだったよね!?」
「そ、そうだね! 二十一人だから誰かが二巡しなきゃいけないワケだけど、演習試験が二回ってなると、誰がもう一回出れそうかは先生たちでも予測するのが難しいのかも……」
「そうだけどさ! わたしだって事前にチームで相談とかしたいのに。てか! いっつも! わたしだけ! 仲間外れ! 後回し!」
怒りを突き抜けたわたしのボルテージに、緑谷くんは冷や汗を流している。
別に緑谷くんに当たってるわけじゃないんだけど。でもこれは、わたしの中でもなかなかの沸点をぶち抜く案件だ。
「あれ、デクくんと名前ちゃんも見学?」
「あ、おつかれ。麗日さん」
「お茶子ちゃーん……」
「あちゃ~。荒れてそうやなと思っとったけど、やっぱりかぁ~」
「いっつも! わたしだけ! 仲間外れなの! なんで! ……うー、よしよしして」
「はいはい、いい子いい子!」
わたしよりも身長の低いお茶子ちゃんが、頭を抱え込むようにぎゅっと手を回してて撫でてくれた。たぎった血が脳みそから少しずつ流れ出して、フラストレーションが静けさを取り戻してゆく。
「はぁ~、お茶子ちゃんのよしよしは柔らかさがあって好きだなぁ」
「アンタ、沸点が下がるの早いさね」
巨大モニターの向こうでは、一戦目の切島くんと砂藤くんがスタンバイしている。相手はセメントス先生だ。
それが終われば、二戦目は梅雨ちゃんと踏影くんチーム。わたしの対戦相手でもあるエクトプラズム先生とだ。
自分は最後だから十一戦目。となると、今から数時間は掛かるだろう。
壁掛けの時計を一瞥し、はあ、とため息を漏らした。
隣では緑谷くんが真剣な面持ちでノートを広げている。どこまでも真面目だなぁ、と横目に見やった。
こんな狭っくるしいところに、何時間も待ってられるか。こっちは二戦目を見学し終えたら外の空気でも吸いにいこう。
わたしは陽の届かないモニタールームに、いつかの閉塞感に似た息苦しさを感じていた。