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USJ襲撃事件 ①

 今日のヒーロー基礎学は、初めての人命救助レスキュー訓練だ。

 学級委員長に任命された飯田くんが、スムーズに座れるように番号順でバスを待とうと言うので、しぶしぶ列の最後尾に並ぶ。この順番だとまたわたしだけハブじゃないかと隠れて膨れていると、結局は市営タイプのバスだった。飯田くん、ドンマイ。

 最後に乗り込むと、みんなはもう好きに着席していて、空いているのは轟くんの隣しかなかった。

 うーん、轟くんかあ……。

 彼とは、前回の戦闘訓練から微妙に心の距離を感じている。隣に座るのはなんとなく気が引けて、相澤さんの横に立った。
 そもそもわたしは翼分の横幅があるので、一人分の席だとかなり窮屈だ。どうせすぐ着くだろうし、立ちで結構。

 近くの向かい合わせの席では、緑谷くんの個性がオールマイトに似ているという話で盛り上がっている。話を横聞きしていると、隣に立つ相澤さんが話しかけてきた。

「お前、先日のあれはやり過ぎだぞ」
「え?……ああ、だって先生たち困ってそうでしたから。ちょっと遊んであげただけですよ」

 へらりと笑うと、はあ、とため息をつかれた。相澤さん、わたしと話すとため息しか出ないな。気のせいか?

「人助けというより個人的な恨みだろ、あれは」
「ふふふ、そんなことないですよ。……ところで、マイク先生、喜んでました?」

 相澤さんが、眉間の皺を深めた。

「……お前、しっかり撫でられてただろうが。俺に聞くなよ」
「だって撫でられたのはカラスで、私じゃな──わわ!」

 大きく揺れたバスに身体が持っていかれる。転びそうになった寸前で、相澤さんが私の腕を掴んだ。

「ったく、危ねェだろうが。しっかり掴まっとけ」
「す、すみません……」

 体幹がなってないとか思われてそうだな、とか考えていると近くに座る切島くんが声を掛けてきた。

「おーい苗字! やっぱ俺が立つからさ、ここ座れよ」
「え……いいの? 切島くん」
「おお! 女の子立たせるなんて、男のすることじゃねェからな」

 彼の言葉に甘えて、手すりを掴みながら移動して席に向かう。同じく横並び席に座っている砂藤くんと緑谷くんと梅雨ちゃんが少しずつ横に詰めてくれて、なんとか体が収まった。ほんと申し訳ない。

 わたしの左隣に立った切島くんに「ありがとう、さすがの男気だね」と言うと「まぁな!」と笑って返される。嫌味のないレディファーストに彼の心はもう立派なヒーローだなあ、なんて考えていると梅雨ちゃんが翼に寄りかかってきた。

「名前ちゃん、実は私ずっと触れてみたかったの。これは……すごいわね」
「ふふっ、気持ちいいでしょ〜〜。もっとこっちおいで、梅雨ちゃん」

 丸くなった梅雨ちゃんの背中に翼を回して、そのままぎゅっと抱き込む。梅雨ちゃんの表情が段々と緩んできて、私の肩と翼の間ですっぽりと収まってしまった。

「ケロケロ〜……」
「いいな〜〜梅雨ちゃん、俺もそれやりてェよ」
「はは、上鳴くんは静電気で毛羽立ちそうだから、ヤだなあ」
「「ええ、そっち?!」」

 みんながわたしの顔を覗き込んだ。いやいや、ブラッシングに毎日どれだけ時間かかると思ってるんだ。甘く見てもらっちゃ困るよ、君たち。

 遠くでまた相澤さんのため息が聞こえた気がした。


 みなさん待ってましたよ、とわたしたちを出迎えてくれたのは、災害救助で目覚ましい活躍を見せている13号先生だった。お茶子ちゃんが前のめりで興奮している。かわいい。

 巨大なドームの中は、さながらテーマパークのごとく、あらゆる事故や災害現場が忠実に再現されている。階段上から見下ろすUSJは、圧巻だ。

 その後、13号先生のお小言という名の名演説を聞いて、拍手が沸き起こった。人命のためにどう”個性”を使うか、かぁ。自分が救助する立場なら、やっぱり飛行の利点を大きく活かして──なんて、頭でシミュレーションをしていた、そんな時だった。

「よーし、そんじゃまずは──」

 突如、ドームの明かりが揺らぐ。それと時を同じくして、相澤さんの鬼気迫る声が響いた。

「一かたまりになって動くな! 13号、生徒を守れ!」

 え、なに──? 

「また入試の時みてェな、もう始まってんぞパターン?」と、切島くんがこぼす。相澤さんがゴーグルをかけた。

「動くな!──あれは、敵だ。」

 噴水の前に生じた黒い霧。その中から、次々と人が溢れてくる。敵? あの人たち、全員? そんな、なんで。
 理解が追いつかずに呆けていると、相澤さんの髪が逆立った。捕縛布が、宙を舞っている。入試で対峙した、彼の本気の姿。

 冗談なんかじゃ、ない。あれは、本物の、敵なんだ──!

 喉から、ひゅっと音が鳴った。

「先生、侵入者用センサーは!」
「もちろんありますが、!」
「現れたのはここだけか、学校全体か……何にせよセンサーが反応しねぇなら、向こうにそういうことができる”個性やつ”がいるってことだな。校舎と離れた隔離空間、そこにクラスが入る時間割……バカだかアホじゃねぇ。これは何らかの目的があって、用意周到に画策された奇襲だ」

 轟くんの的確な推察で、その場に鋭い緊張が走った。でもなんで、わたしたちが狙われてるの?

「13号、避難開始! 学校に連絡でんわ試せ! センサーの対策も頭にある敵だ。電波系の”個性やつ”が妨害している可能性がある。上鳴、お前も個性で連絡試せ。苗字、お前もだ!」
「ッス!」
「っ、はい!」

 目を瞑った瞬間、USJ内には数匹のカラスしかいないことがわかった。ここは、校舎からかなり距離がある。3km以上離れているだろう。操作は、範囲外だ。……しかたない。ドーム近くのカラスたちに呼びかけた。

──お願い! 誰か大人を呼んできて! 誰でもいい、今すぐに! 

 届くだろうか、校舎まで、わたしの指示が。周りは森に囲まれている。それなら周囲で人を捜索するよりも、校舎までの最短距離がおそらく最善。カラスたちに校舎へ向かうように指示を出した。あとは、飛び立った彼らの判断に任せるしかない。

「先生は!? 一人で戦うんですか!? あの数じゃいくら”個性”を消すって言っても! イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……」
「一芸だけじゃヒーローは務まらん。13号! 任せたぞ」

 近くで緑谷くんと相澤さんの声が聞こえる。しかしわたしが瞼を開けると、相澤さんの姿はすでにそこにはなかった。


「すごい……! 多対一こそ先生の得意分野だったんだ!」
「分析している場合じゃない! 早く避難を!」
「急ごう、緑谷くん!」
「う、うん!」

 飯田くんの掛け声に、相澤さんを後方支援したい気持ちを押し殺して、緑谷くんとみんなを追いかける。しかし扉にたどり着く前に、わたしたちは黒い霧に阻まれてしまった。

「させませんよ──初めまして、我々は敵連合。僭越ながら……この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは、平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして。本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるはず……ですが、何か変更があったのでしょうか?」

 オールマイトが狙いだと豪語する黒い霧の男。一瞬でここまで来たということは、瞬間移動のたぐいか? 

「まあ、それとは関係なく、私の目的はこれ──」

 自分の手が無意識のうちに羽をもぎった瞬間、爆豪くんと切島くんが飛び出した。

「ダメだ、どきなさい! 二人とも!」

 まずいっ! 巻き込まれる!

 身体が反射的に跳んだ。クラスメイトの頭上を越えて、無我夢中で先頭に立つ二人の腕に手を伸ばす。ダメだ、これじゃ避けられない! 瞬く間に辺りを囲んだ黒い霧に、思わず目を瞑った。

──ドン!

「いたっ!」
「ッ!……苗字!?」
「チッ!」

 霧が晴れた瞬間、3人もろとも地面、いや床に叩きつけられた。……まずい、どこだ、ここは。目を開けると、そこは廃墟ビルの一室だった。

「来たぜ、来たぜ〜〜!」
「へへへ、俺の獲物だ」

 複数の敵と思しき人物が、わたしたちを取り囲んでいる。なるほど、どこか指定の場所へ飛ばされたようだ。──あの男の個性、やっぱりワープか!

 立ち上がると同時に羽をもぎった。背後からは、爆豪くんの雄叫びと爆音が聞こえる。隣には硬化した切島くんもいる。この3人なら、きっと、大丈夫だ。

 光を伴って、弓矢が顕現する。わたしはそのまま前方の敵へと、躊躇なくそれを打ち込んだ。

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