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十二、USJ襲撃事件

 今日のヒーロー基礎学は、初めての人命救助訓練だ。

 学級委員長に任命された飯田くんが「スムーズに座れるように番号順でバスを待とう」と言うので、しぶしぶ列の最後尾に並ぶ。この順番だとまたわたしだけハブじゃないかと隠れて膨れていると、結局は市営タイプのバスだった。飯田くんはがっくしと肩を落としている。かわいい。

 最後に乗り込むと、みんなはもう好きに着席していた。空いているのは轟くんの隣しかない。頬杖をついて窓の外を眺める冷めた横顔を見て、ごくりと唾を飲み込む。

 うーん。

 彼とは前回の戦闘訓練以降、わずかに心の距離を感じている。隣に座るのは気が引けたので、そろりと相澤さんの横に立った。
 そもそもわたしは翼分の横幅があるので、二人席だと隣の人がかなり窮屈になってしまう。どうせすぐ着くだろう。立ちで結構。

 近くの向かい合わせの席では、緑谷くんの個性がオールマイトに似ているという話で盛り上がっていた。和気あいあいとしたバスの中。話を横聞きしていると、隣に立つ相澤さんが声をかけてきた。

「お前、先日のあれはやり過ぎだぞ」
「え? ……ああ、だって先生たち困ってそうでしたから。ちょっと遊んであげただけですよ」

 へらりと笑うと、はあとため息をつかれた。彼はわたしと話すとき、ため息しか出さない気がする。たぶん、気のせいじゃない。

「人助けというより個人的な恨みだろ、あれは」
「そんなことないですよ。ところで、マイク先生は喜んでましたか?」

 少しの期待を込めて下から仰ぎ見ると、彼が眉間の皺を深めた。

「……お前しっかり撫でられてただろうが。俺に聞くなよ」
「だって撫でられたのはカラスで、私じゃな──わッ!」

 大きく揺れたバスに身体がもっていかれる。転びそうになった寸前で、相澤さんが私の腕をがしりと掴んだ。

「ったく、危ねェだろうが。しっかり掴まっとけ」
「す、すみません……」

 相変わらずの目つきに肩がすくむ。バスの揺れでよろけて転けるなんて、体幹がなってないとか思われてそうだ。そそくさと吊り革に掴まると、近くに座る切島くんが声をあげた。

「おーい苗字! やっぱ俺が立つからさ、ここ座れよ」
「え、いいの? 切島くん」
「おお! 女の子立たせるなんて、男のすることじゃねェからな」

 男気あふれる彼の言葉に甘えて、手すりを掴みながら移動して席に向かう。同じ横並び席に座っていた砂藤くんと緑谷くんと梅雨ちゃんが少しずつ横に詰めてくれて、なんとか身体が収まった。ほんと申し訳ない。

 わたしの左隣に立った切島くんに「ありがとう、さすがの男気だね」と言うと「まぁな!」と笑って返された。
 嫌味のないレディファースト。彼の心はもうとっくにヒーローなんだな、なんて考えていると翼に重みを感じた。顔を向けると梅雨ちゃんが翼に寄りかかっている。

「名前ちゃん、実は私ずっと触れてみたかったの。これは……すごいわね」
「ふふっ、気持ちいいでしょ~~。もっとこっちにおいで、梅雨ちゃん」

 丸くなった梅雨ちゃんの背中に翼を回して、そのままぎゅっと抱き込む。彼女の表情がほわわんと緩んで、私の肩と翼の間ですっぽりと収まってしまった。

「ケロケロ~……」
「いいな~~梅雨ちゃん、俺もそれやりてェよ」
「はは、上鳴くんは静電気で毛羽立ちそうだから嫌だなあ」
「「ええ、そっち⁉」」

 みんながわたしの顔を覗き込んだ。いやいや、毎晩ブラッシングにどれだけ時間かかると思ってるんだ。甘く見てもらっちゃ困るよ、君たち。

 遠くでまた相澤さんのため息が聞こえた気がした。


「みなさん待ってましたよ」

 わたしたちを出迎えてくれたのは、災害救助で目覚ましい活躍をあげる十三号先生だった。お茶子ちゃんが前のめりで興奮している。鼻息が荒くなっていて、かわいい。
 巨大なドームの中はさながらテーマパークのごとく、あらゆる事故や災害現場が忠実に再現されていた。階段上から見下ろすUSJは圧巻だ。

 その後、十三号先生のお小言という名の名演説を聞いて、クラスメイトたちから拍手が沸き起こった。

 

「人命のために、どう〝個性〟を使うか」──先生の言葉を胸の内で反芻する。

 地元での訓練では、どちらかというと〝戦闘〟に重きをおいていた。まだ免許も持っていないわたしでは、もちろん人命救助なんてできない。けれどもヒーローの日常というのは、わたしの知る限り、そのほとんどが〝人助け〟だ。
 道しるべとなるのはいつだって、あの逞しい背中。
 もしわたしが救助する立場なら、やっぱり飛行の利点を大きく活かして──なんて、頭でシミュレーションをしてみる。

 そんなときだった。

「よーし、そんじゃまずは──」

 突如、ドームの明かりが大きく揺らぐ。それと同じくして、相澤さんの鬼気迫る声が響いた。

「一かたまりになって動くな! 十三号、生徒を守れ!」

 え、なに──? 

「また入試の時みてェな、もう始まってんぞパターン?」

 切島くんが疑問をこぼす。相澤さんがゴーグルをかけた。

「動くな! ──あれは、敵だ」

 階段下。噴水の前に大きく生じた黒い霧。その中から、次々と人が溢れてくる。その風貌や顔つきから、決して学校関係者ではないことがわかる。

 敵? あの人たち全員? そんな、まさか。

 理解が追いつかずに呆けていると、相澤さんの髪が逆立った。捕縛布がぶわりと宙を舞う。入試で対峙したときの、本気の姿がそこにあった。完全な臨戦態勢。それを見てハッとする。

 冗談じゃない。あれは、本物の敵なんだ──!

 事態を把握した途端、喉からひゅっと音が鳴った。えも知れぬ恐怖が、背中を伝う。

「先生、侵入者用センサーは!」
「もちろんありますが、」
「現れたのはここだけか、学校全体か……何にせよセンサーが反応しねぇなら、向こうにそういうことができる〝個性〟がいるってことだな。校舎と離れた隔離空間、そこにクラスが入る時間割……バカだかアホじゃねぇ。これは何らかの目的があって、用意周到に画策された奇襲だ」

 轟くんの的確な推察で、その場に鋭い緊張が走った。でも、なぜわたしたちが狙われてるのかはわからない。

「十三号、避難開始! 学校に連絡試せ! センサーの対策も頭にある敵だ。電波系の〝個性〟が妨害している可能性がある。上鳴、お前も個性で連絡試せ。苗字、お前もだ!」
「ッス!」
「っ、はい!」

 唐突に指示が飛んで、弾かれるように身体が動き出す。目を瞑った。周囲のカラスたちに呼びかける。しかしUSJ内には数匹しかいないことがわかった。
 ここは校舎からかなり距離がある。三キロ以上離れているだろう。カラスを操作して他の教師に知らせたいが、それは範囲外だ。
 やむを得ず、ドーム近郊にいるカラスたちに呼びかけた。

──SOS! 誰か大人を呼んできて! 誰でもいい、今すぐに! 

 わたしの指示は校舎まで届くだろうか。周りは森に囲まれている。それなら周囲で人を捜索するよりも、校舎までの最短距離がおそらく最善。
 カラスたちに、校舎へと向かうよう指示を出した。あとは飛び立った彼らの判断に任せるしかない。

「先生は⁉ 一人で戦うんですか⁉ あの数じゃいくら〝個性〟を消すって言っても! イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……」
「一芸だけじゃヒーローは務まらん。十三号! 任せたぞ」

 近くで緑谷くんと相澤さんの声がする。しかしわたしが目を開けたとき、相澤さんの姿はすでにそこにはなかった。


「すごい……! 多対一こそ先生の得意分野だったんだ!」
「分析している場合じゃない! 早く避難を!」
「急ごう、緑谷くん」
「う、うん!」

 飯田くんの掛け声に、相澤さんを後方支援したい気持ちを押し殺して緑谷くんと皆を追いかける。しかし扉にたどり着く前に、わたしたちは怪しげな黒い霧に阻まれてしまった。

「させませんよ──初めまして、我々は敵連合。僭越ながら……この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは、平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして。本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるはず……ですが、何か変更があったのでしょうか?」

 オールマイトが狙いだと豪語する黒い霧の男。階段下から一瞬でここまで来たということは、瞬間移動の類だろうか。

「まあ、それとは関係なく、私の目的はこれ──」

 自分の手が無意識のうちに羽をもぎった瞬間、爆豪くんと切島くんが黒い靄の男へと飛び出していく。

「ダメだ、どきなさい二人とも!」

 まずいっ、巻き込まれる!

 翼が空気を蹴って、反射的に跳んだ。クラスメイトの頭上を越えて、無我夢中で先頭に立つ二人の腕に手を伸ばす。黒い靄があたり一面に広がった。
 ダメだ、これじゃ避けられない!
 瞬く間に視界を囲まれて、思わず目を瞑った。

──ドン!

「痛っ!」
「ッ……苗字⁉」
「チッ!」

 霧が晴れると、三人もろとも地面に叩きつけられていた。掴んだ二つの腕を放す。まずい、どこだここは。目を開けるとそこは廃墟ビルの一室だった。明らかに先ほどの場所とは違う。

「来たぜ、来たぜ~~!」
「へへへ、俺の獲物だ」

 複数の敵と思しき人物が、わたしたちを取り囲んでいた。どこか指定の場所へ飛ばされたらしい。なるほど、つまりあの男の個性はやっぱりワープ!

 立ち上がると同時に羽をもぎった。背後からは爆豪くんの雄叫びと爆音が聞こえる。あちらはすでに戦闘を開始している。隣には硬化した切島くんが構えていた。
 この三人なら、きっと大丈夫。
 光を伴って、弓矢が顕現する。わたしはそのまま前方の敵へと躊躇なくそれを打ち込んだ。

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