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USJ襲撃事件 ②

 わたしたち3人が飛ばされたのは、おそらくUSJ内の倒壊ゾーンだ。

 戦闘の最中「邪魔だ、どけ!」と爆豪くんに腕を引っ張られると、そのまま彼の背後に回された。近接戦闘ならば二人の方が圧倒的に有利だと悟り、わたしは戦況確認に入る。

 クラスメイトは散り散りになっていたが、全員がおそらくこのUSJ内にいる。確認できる限り、みんなは無事のようだ。

「クラスメイトは、おそらくみんな無事! USJ内にいる! 」

 わたしの掛け声と時を同じくして、爆豪くんと切島くんが最後の一人を倒した。

「これで全部か、弱ェな」
「っし! 早く皆を助けに行こうぜ! 攻撃手段少ねぇ奴らが心配だ! それに、俺らが先走ったせいで13号先生が後手に回った 。先生があのモヤ吸っちまえばこんなことになってなかったんだ! 男として責任取らなきゃ──」
「行きてェなら一人で行け。俺はあのワープゲートぶっ殺す!」

 二人の会話を聞いていると、突如、身体に悪寒が走った。カラスからの、強い”SOS”だ。即座に目を閉じる。この子は、たしか広場の近くにいたはず。

 視界を借りると、そこには相澤さんと、身体中に”手”をまとった男。敵軍の中央にいた、もっとも不気味な男だ。相澤さんが男から距離をとった。片腕を、酷く負傷している。そこではっきりと感じた。彼に忍び寄る、得体の知れない悪意を。

 退いた先の、背後に、巨大な敵が立っている。瞬く間に、相澤さんが地面に叩きつけられた。

「 オイ、苗字。俺を入り口まで──」

 マズい、! 

 そう思った瞬間、わたしの足はガラス窓を蹴り上げ、外に飛び出していた。

「って、オイ、てめェ!!」
「ちょ、苗字! どこ行くんだよ!?」

 返事をする間も惜しいほどに、わたしはかつてない速度で中央広場へと向かっていた。


 広場は、倒壊ゾーンから近い。一番大きな廃ビルを越えると、わたしの視界はすぐに広場のそれを捉えた。

 高速で飛びながら、羽をもぎる。脳みそを剥き出しにした怪物が、相澤さんに馬乗りになっている。彼の腕が、あらぬ方向へ曲がっているのが見えた。

──っ、相澤さん!

 放たれた矢が、光をともなって怪物の背中へと打ち込まれた。

「くっ!」

 しかし、矢は怪物の背中に命中したものの、そのままはらりと地面へ落ちる。なんで、まさか、硬化の個性か!? でもおかしい、当たったのに跳ね返りもしなかった!

 もう一度、羽をもぎる。とにかく、もっと近距離で打ち込まないと、!

 エネルギー保存則を覆す巨体に、わたしはもう一度矢を放った。しかし確かに命中したはずの矢は、再び地面へと舞い落ちていく。

──ちがう、ちがうちがう、矢は跳ね返ってない、吸収されてる! 矢の勢いが、そのままあいつの身体にっ! ダメ! だめだ、どうしたら、! 

 怪物が、相澤さんの左腕を踏み潰す。今度ははっきりと、骨の砕ける音が聞こえた。絶望の色が、広がる。

「っ、相澤さん!!!」

 わたしは無我夢中で、怪物の後ろ首へと勢いそのままに飛び込んだ。くそ、人ひとり乗ってるんだぞ、なんでびくともしない! 
 怪物は肩に乗るわたしに目もくれず、相澤さんの頭を掴んで床に叩きつけている。

 わたしじゃ、相手にもならないってか!

 羽をもぎり、両手で矢を脳みそに突き刺した。ほとんど、無意識だった。
 放してっ! 放せ! はなせってば! 初めての、肉をえぐる感触。あいざわさんを、放してよ! 

「フハハハハ! 健気な生徒だなあ」

 たぎった頭が、手元の感触で現実へ引き戻される。腕が震えるほどに、かつてない衝撃を感じた。なぜだ、わからない、けど効いてる! そのまま弱点と思しき脳天に、力一杯、矢をねじ込んだ。放せ、はなせ、はなせよ!

「逃げ、ろ……!」

 突如、黒いものがわたしの両腕を掴んだ。視界が逆転する。投げ飛ばされた。体が地面へと叩きつけられる。掴まれた腕に、激痛が走った。

「うぐっ、!」

 だめだ、腕がぐちゃぐちゃだ。言葉にならない痛みに、立ち上がることさえできない。治れ、なおれ、なおれなおれなおれ! はやく、なおれ!

 飛びそうな意識の向こうで、男の声が聞こえた。

「……あーあ、今回はゲームオーバーだ。帰ろっか。あ、そうだ。帰る前に平和の象徴としての矜持を、少しでも──」

 その瞬間、手を纏った男が水辺に向かって跳び出した。

「へし折って帰ろう!」

 頭が三つ、視界の端を掠める。声にならない叫びが洩れた。逃げ、て!

 しかし男は、即座にたどり着いたはずの三人の前から動かない。そして緩慢に、こちらを振り向いた。

「ッチ、ほんとかっこいいぜ、イレイザーヘッド」
「ぐっ!!」

 相澤さんの頭が、また地面へと叩きつけられる。反射で、自分の指がぴくりと動く。ほぼ同時に、水辺では緑谷くんの声が轟いた。

「手っ、放せぇ! スマッシュ──!!!」

 凄まじい勢いを伴って、拳が撃ち込まれる。しかし煙が晴れると、その中には”こちら側”にいたはずの怪物が立っていた。

 なぜ。怪物が緑谷くんの拳を、腹で受け止めている。効いてない。──それより、見えなかった、速すぎる。目で追えない!

「いい動きをするなあ。スマッシュって……オールマイトのフォロワーかい?」

 怪物に掴まれる緑谷くん。

「っ、やめて!!!」

 ようやく音を伴った自分の声が、辺りに響いた。先ほどよりも、腕に感覚が戻っている。

 弓は、握れるか? やれるか? わたしに、あの怪物が、──やるしかない、やるしかない! うごけ! 動け! 動くんだ!

──バン!!!!

「オールマイトォォオ!!!」

 峰田くんの叫び声。その声に、誰もが振り向く。──ああ、待ちわびた、心の底から、

「もう大丈夫……私が来た!」

 燦然さんぜんと輝く我らのヒーローが、鬼の形相で、そこに立っていた。


 気がづくと、わたしたちの目の前にはオールマイトの背中があった。

 隣には緑谷くん、梅雨ちゃん、峰田くんがいる。オールマイトが、肩に抱えていた相澤さんを地面へ下ろす。そこでようやく自分の意識が追いついた。

「へ……?」
「みんな入り口へ。相澤くんを頼む。意識が無い。早く!」
「……っ、はい!」

 咄嗟に腕の感覚を確かめる。いつの間にか、それはあるべき姿へと戻っていた。また痛みは残るが、大丈夫、動かせる。これなら、いける!

「緑谷くん! わたしが消防士搬送でいく、力を貸して!」
「え!? ……あっ、うん!」

 わたしはうつ伏せになった相澤さんの上半身を引っ張り上げた。緑谷くんに支えられながら、自分の頭を相澤さんの腹に潜り込ませる。そのまま黒い身体を肩へと乗せた。よろけながら、なんとか立位を保つ。

「でも、苗字さん、腕が……!」
「大丈夫! ごめんけど、先、行きます」

 そう言い残してわたしは力一杯羽ばたき、真っ直ぐに出口へと飛んだ。

 相澤さんは、もうぴくりとも動かない。それに人間を乗せた肩では、翼に上手く力が入らない。いや、そんなことはどうでもいい! はやく、運ばないと!

 なんとか階段を越えた先では、13号先生が倒れていた。そんな、13号先生まで──。しかし、このまま地上に降りては、自分の足だけで相澤さんを支えることは困難だ。

 視界に砂藤くん、障子くん、瀬呂くんが映る。近くに三奈ちゃんとお茶子ちゃんが見えた。こちらに気付いたのか、みんなの顔面が蒼白になる。

「お茶子ちゃん! お願い、浮かせて!」

 地面スレスレまで降りると、お茶子ちゃんが駆け寄ってきて相澤さんに触れた。肩が、ぐっと軽くなる。

「……相澤先生っ!」
「かなり危ないの、 13号先生は!?」
「……先生も重症やけど、こっちはギリ意識ある!」
「わかった、じゃあこのまま運ぶ!」
「俺が扉を開けよう!」

 障子くんがわたしの状況を見て、すぐさま駆け出した。薄く開いていた扉が大きく開かれる。

「飯田が助けを呼びに行った。救援が来るかもしれない。道沿いに飛んでくれ!」
「うん、ありがとう、障子くん!」

 わたしはもう一度相澤さんの身体を強く掴み、そのままUSJの扉をくぐった。

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