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救え! 救助訓練!

※ アニメ2期 OVA1 のエピソードです。

 ヴィラン連合による襲撃から4日後。わたしたち1年A組は、再びUSJを訪れていた。

「まあ、あんなことがあったけど、授業は授業。というわけで救助訓練、しっかり行って参りましょう!」

 無事に復帰を果たした13号先生と相澤先生の指導のもと、わたしたちは救助演習をスタートすることとなった。本日はオールマイトが不在のようで、緑谷くんはとても残念そうだ。

「では、まずは山岳救助の訓練です! 訓練想定としまして、登山客3名が過ってこの谷底へ滑落。一名は頭を激しく打ちつけ意識不明。もう二名は足を骨折し、動けず救助要請──という形です」

 切島くんと上鳴くんが、そろりそろりと崖に近づき、谷底を覗き込んだ。

「うわあああああ! 深っけ〜〜〜!!」
「二名はよく骨折で済んだな、おい」

 ふたりの一歩後ろから、崖を見下ろした。忠実に再現された山岳地帯に感心しながらも、このゾーンだけで一体いくらかかっているのかと考えを巡らせて身の毛がよだつ。雄英のお金ってどこから出てるんだ? 絶対に卒業生から多額の献金を受け取っているに違いない。

「切島くん! 上鳴くん! なにを悠長なことを! 一刻を争う事態なんだぞ! 大丈夫ですかー!! 安心してください、必ず助け出しまーす!!」
「おめえは早すぎんだろ」
「まだ人居ねぇよ」

 飯田くん、今日もフルスロットルだな〜〜!

 しかし飯田くんの叫びも虚しく、怪我人役として選ばれたのは飯田くん、緑谷くん、お茶子ちゃんだった。なんかそのタッグだと、わたしだけハブられた気持ちになる。いいな〜〜、わたしも飯田くんの迫真の演技を間近で見たかったのに。

「よーし。それじゃまず、救助要請で駆けつけたと想定し、この4名だ。そこの道具は使っていいこととする」

 救助役に選ばれたのは、百ちゃん、常闇くん、轟くん、そして爆豪くんだった。一目散に爆豪くんが谷を破壊しようとしている。崖そのものをなくす魂胆らしい。過激な救助作戦に、一周回って感動すら覚える。

 呆れて仕切り出した轟くんへ爆豪くんが唾を飛ばしていると、百ちゃんが二人に声を荒げた。

「 ──要救助者への接触、これが第一です。絶望的状況でパニックを起こす方も少なくないと聞きます。そんな方々を安心させることが、迅速な救助につながるのです。こんな訓練? 真剣に取り組まずに、なにが訓練ですか!」

 わあ、さすが、百ちゃんだ……。

 凛々しい姿に感服していると、切島くんが隣でわたしの想いを代弁した。

「すげえ、立派だなぁ八百万」
「本当だね、百ちゃんすごい」
「……ああ、ご立派」

 ん? 妙な場所から聞こえる声。ふと、斜め前方に目を向けると、峰田くんが百ちゃんのおしりを前屈みになって覗いていた。

 またか、この子は……。

 おいたの過ぎる峰田くんは、まるでお兄ちゃんに聞いていた『男子高校生のなんたるか』をそのまま体現したようだな人物だ。百ちゃんのお尻はそんな安くないぞっ!

 前に出て「峰田くーん、邪魔になるからこっちおいでー」とやさしくその手を掴み、強引に引っ張った。

「え!?……お、おう」

 予想外にも大人しくついてくる彼。正直に指摘すれば、峰田くんは意外と大人しいんだな。これは新しい発見だ。メモしとこう。
 切島くんの隣に戻ると、彼は複雑な表情を浮かべていた。

「苗字。お前、マジですごいな」
「え? なにが?」
「……いや、なんでもねェ」

 切島くんになぜか褒められていると、後ろの方に立つ相澤先生がこちらを見て、はあ、とわざとらしいため息を洩らした。え、わたし良いことしたよね? 酷くない?

 

 その後、クラスメイトの後ろの方で自分の順番を待っていると、背後に人の気配を感じた。

「苗字さん」
「……え、どうしました? 13号先生」

 13号先生が、そっと耳打ちする。

「先日は、お見舞いに来てくれてありがとうございました」
「あ、いえいえ! ……もしかして、マイク先生から聞きました?」

 こちらもつい小声で返す。そう、実は先日、相澤先生のお見舞いに行った際に、13号先生の病室にも足を運んでいた。わたしが病室を訪れたとき13号先生はまだ眠っていたから、手土産だけそっと置いて帰ったのだ。自分からの見舞いだとは書かなかったので、人伝、つまりマイク先生づてに聞いたのだろう。

「ええ。美味しくいただきました」
「ふふふ、お口に合ったみたいでよかったです。……というか先生が美形すぎて、わたし病室で腰抜かしました」

 またまたご冗談を。いやいや、決して冗談ではないです。──マジの話なんです、先生。


「で、次はこちら。倒壊ゾーンです。救助訓練の一回目ということで、今回はいろんな状況を経験してもらいます。この倒壊ゾーンでの訓練想定は、震災直後の都市部で──」

 要は、救助者4人一チームで残りの17名を探し出し、救出するという訓練だ。「それってかくれんぼ! かくれんぼじゃーん!」とワクワクした様子で三奈ちゃんがわたしの肩に手を置き、はしゃいでいる。……かわいい。狭い所に入れないわたしは、要救助者の運搬に専念しようかな。

「では、一回目の4人組は──」

 爆豪くん、峰田くん、緑谷くん、お茶子ちゃんが救助者に選ばれた。

 緑谷くんと同じチームにされた爆豪くんが、またもやキレている。……組み合わせ、どっちが決めてるんだろうか。毎度なにかしらで接点を持たされる二人に、どうやっても爆豪くんの捻じ曲がった性根を叩き直したいという気迫を感じる。うーん、と顎に手を当てていると、前方から囁き声が聞こえた。

「被害者を運ぶにあたって、胸および臀部にやむ追えず触れてしまった場合、それは何か罪にあたるのか否か……」
「君に限ってはアウトだよ、峰田くん」

 珍しく緑谷くんにツッコまれた峰田くんの横に立って、その肩をぽんぽんと触る。こちらを見上げた彼に「だめだぞー」と笑うと、「あ、うん……」としおらしく返事をした。顔がほのかに赤い。もしかして、熱でもあるのか?

 

 その後すぐに訓練が始まって、わたしは要救護者として声を出せない役に回されたのだけど、速攻で緑谷くんに見つかってしまった。なんでわかったの?と聞くと、当たり前のように翼が見えてたよと笑顔で返された。わたし、かくれんぼ、キライ。

 緑谷くんにそそくさと運ばれて、トリアージエリアにて待機を命じられる。

「じゃあ、苗字さんはしばらくここで待っててね」

 こんなに早く見つかってしまったら、待ち時間が長いなあ……。わたしは退屈凌ぎに近くのカラスを呼び寄せた。
 すぐさま一羽のカラスが飛んできて、バサッと肩に乗る。その子の体を、頭から背中にかけてゆるやかに撫でた。ときおり小刻みに震えながらも、気持ちよさそうに目を閉じている。

 よしよし。この前は怖い目に遭わせて、ごめんね……。

 つい4日前の恐ろしい事件を振り返りながら、わたしは肩のぬくもりに心を和ませた。

 そうやって呑気にひとりで待っている時だった。

ドカ──ン!!!

 突如、鈍い轟音が辺りに響いた。

──ッ!? え、今の音って、いったい……

 胸にざわつくものを感じて、肩に乗っていたカラスを飛ばす。目を瞑り、轟音の鳴った場所へ急行させる。そんなに遠くはないはずだ。

 カラスが現場に到着すると、お茶子ちゃんたちのすぐ近くにガスマスクを着けた大男が見えた。その男が片手で轟くんの背中を掴んでいるのがわかって、身体が急激に冷えていく。

 なんで、敵が! まさか、ずっと隠れてたの?!  轟くんは背中を持たれて、宙吊りになっている。意識がないようで、ぴくりとも動かない。あの、轟くんが……

 マズいっ! 先生たちに知らせないと!

 わたしはそのままカラスを先生たちの元へと向かわせた。幸い、その場所からは遠くない。超速で飛ばしたカラスの視界に先生たちが映る。カラスよりも先着した尾白くんが、先生たちに駆け寄っていくのが映った。

「先生! ヴィランの残党が!」
「なんてこった、俺たちはまだ怪我で戦える身体じゃない」
「では!?」
「で、では、逃げてください! 正面出口まで、早く!」

 眉間に深い皺が寄った。それと矛盾するように、ゆっくりと全身の強張りが解れていく。

 ああ、そういうことね……。

 わたしはカラスの操作を解いて、ゆっくりと瞼を開けた。

「逃がしゃしないさ! 全員まとめて死にさらせェ!!」

 大男のマスクの下が誰なのかわかってしまうと本気の脅しもなんだか滑稽だなと、しけた面でわたしは遠くの声を聞き流した。


 爆轟くんが攻撃を繰り出す。合間に、飯田くんへと逃げの先導を切るよう指示を出した。しかし避難の選択肢を蹴って、そこに立つクラスメイト全員が、筋骨たくましい大男へと対峙した──私、以外は。

 上空で様子を伺っていたがそれをやめて、すっと相澤先生の隣に降り立つ。

「おい、どうした」
「……相澤先生の、うそつき」

 あざとく片頬を膨らませると、ハァ、とため息をつかれた。

「……俺は乗り気じゃねぇんだよ、最初から」
「ふーん」

 13号先生もこちらを向いて頭を掻いている。マスクの下は見えないが、申し訳なさが身体から滲み出ていた。この感じだと、あの大男──オールマイトが発案したに違いない。

 しばらく3人で成り行きを見守っていると、オールマイトが緑谷くんに吹き飛ばされて、大きな瓦礫へと激突した。そこには峰田くんのボールがいくつも取り付けられており、さすがのオールマイトも動けないご様子だ。

 もうすぐ、戦闘が終わりを迎えようとしている。ほんの少し、後悔が頭をよぎった。

 オールマイトとわかった上で、戦ってもよかったかな? いや、そしたら弓矢を使う羽目になるから、それもまたそれで……というかあんな事があった後なのに、演習中にこーんなサプライズするなんて。ちょっと酷すぎない? 終わったら、わたしもオールマイトに文句を──

「なあ、」

 低い声が思考を遮った。

「……ゼリー、美味かったよ。ありがとね」

 予期せぬ言葉に、思わずばっと顔を上げた。

 包帯の巻かれた顔は、相変わらず正面を見つめたままだ。頭の隅でやんわりと気になっていたことが、先生の、美味かった、という言葉で払拭されていく。心に、じんわりと温かいものが広がった。

「……ふふっ。じゃあ、貸し一、ですね」
「見舞いの品だろ。たかるなよ」

 ようやく先生がこちらを向いた。包帯の下は、いつもの呆れ顔だろう。

「あの三文芝居が通用したと、本気で思ってるんですか?」
「貸しっつーならマイクに言え。……あいつ、半分も食って帰りやがった」
「あはは! マイク先生らしいです!」

 げらげら笑っていると、13号先生が「ばれちゃったみたいですね」とこちらを振り向いた。

 オールマイトがクラスのみんなに軽めの、──いや、本気のリンチを受けててまた笑いをこぼす。となりで「自業自得だな」と大根役者がつぶやいた。

 ウソ寝してた先生が言えたことじゃないけどね? の言葉は飲み込んで、その顔を覗き込む。真意をはかったのか、先生は「はぁ……」とため息をついて、そっぽを向いた。わたしはしばらくの間、ニヤニヤが止められなかった。

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