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十八、救え! 救助訓練!

※アニメ二期 OVA1 のエピソードです。

 ヴィラン連合による襲撃から四日後。
 わたしたち一年A組は、再びUSJを訪れていた。

「まあ、あんなことがあったけど、授業は授業。というわけで救助訓練、しっかり行って参りましょう!」

 無事に復帰を果たした十三号先生と相澤先生の指導のもと、わたしたちは救助演習をスタートすることとなった。本日はオールマイトが不在のようで、緑谷くんはとても残念そうだ。

「では、まずは山岳救助の訓練です! 訓練想定としまして、登山客三名が過ってこの谷底へ滑落。一名は頭を激しく打ちつけ意識不明。もう二名は足を骨折し、動けず救助要請──という形です」

 切島くんと上鳴くんが、そろりと崖に近づき谷底を覗き込んだ。

「うわあああああ! 深っけ~~~!!」
「二名はよく骨折で済んだな、おい」

 ふたりの後ろから崖を見下ろすと、そこはまさに断崖絶壁だった。
 忠実に再現された山岳地帯。ここだけで、一体いくらかかっているんだろうと考えると身の毛がよだつ。前々からふしぎに思っていたが、雄英の資金力は桁外れだ。絶対に卒業生から多額の献金を受け取っているに違いない。

「切島くん! 上鳴くん! なにを悠長なことを! 一刻を争う事態なんだぞ! 大丈夫ですかー!! 安心してください、必ず助け出しまーす!!」
「おめえは早すぎんだろ」
「まだ人いねぇよ」

 飯田くん、今日もフルスロットルだなあ~。
 しかし彼の叫びも虚しく、怪我人役として選ばれたのは飯田くん、緑谷くん、お茶子ちゃんだった。なんだかそのタッグだと、自分だけハブられたような気持ちになる。わたしも飯田くんの迫真の演技を間近で見たかったのに。

「よーし。それじゃまず、救助要請で駆けつけたと想定し、この四名だ。そこの道具は使っていいこととする」

 救助役に選ばれたのは、百ちゃん、常闇くん、轟くん、そして爆豪くんだった。血気盛んな爆豪くんは、我先にと谷を破壊しようとしている。どうやら崖そのものをなくす魂胆らしい。野蛮人だ。
 呆れて仕切り出した轟くんへ爆豪くんが唾を飛ばすと、百ちゃんが二人に声を荒げた。

「──要救助者への接触、これが第一です。絶望的状況でパニックを起こす方も少なくないと聞きます。そんな方々を安心させることが、迅速な救助につながるのです。こんな訓練? 真剣に取り組まずに、なにが訓練ですか!」

 さすが、百ちゃん! 凛々しい姿に感服する。
 すると切島くんが、隣でわたしの想いを代弁した。

「すげえ、立派だなぁ八百万」
「本当だね、百ちゃんすごい」
「……ああ、ご立派」

 ん? 妙な場所から声が聞こえて、ふと斜め前方に目を向けた。なんと、峰田くんが百ちゃんのおしりを前屈みになって覗いている。

 ああ、またか──。

 おいたが過ぎる峰田くんは、まるでお兄ちゃんに聞いていた〝男子高校生のなんたるか〟をそのまま体現したような人物だなと思う。百ちゃんのお尻はそんな安くないぞ。
 前に出て「峰田くーん、邪魔になるからこっちおいでー」とやさしくその手を掴み、強引に引っ張った。

「え!? ……お、おう」

 意外にも大人しくついてくる彼。正しく指摘すれば、峰田くんは案外、物わかりが良い。これは新しい発見だな。メモしとこう。
 切島くんの隣に戻ると、彼は複雑な表情を浮かべていた。

「苗字。お前、マジですごいな」
「え? なにが?」
「……いや、なんでもねェ」

 切島くんになぜか褒められていると、後方に立つ相澤先生がこちらを見て「はあ……」とわざとらしいため息を漏らした。

 え、わたし良いことしたよね? ひどくないですか、先生。

 その後自分の順番を待っていると、背後に人の気配を感じた。「苗字さん」の呼び声に振り返る。そこには十三号先生が立っていた。

「どうしました? 十三号先生」
「先日は、お見舞いに来てくれてありがとうございました」

 彼女が、そっと耳打ちする。

「あ、いえ……もしかして、マイク先生から聞きました?」

 こちらも、つい小声で返す。
 実は先日、相澤先生のお見舞いに行った際に、十三号先生の病室にも足を運んでいた。眠りにつく先生の横に、手土産だけ置いて帰ってきたのだ。だからおそらく人づて、つまりマイク先生づてに聞いたのだろう。

「ええ。美味しくいただきました」
「お口に合ってよかったです。というか先生が美形すぎて、わたし病室で腰抜かしました」
「またまたご冗談を」

 いやいや、決して冗談ではないです、先生。


「で、次はこちら。倒壊ゾーンです。救助訓練の一回目ということで、今回はいろんな状況を経験してもらいます。この倒壊ゾーンでの訓練想定は、震災直後の都市部で──」

 要するに、救助者四人一チームで残りの十七名を探し出し救出するという訓練らしい。狭い場所に入れないわたしは、要救助者の運搬に専念させてもらおうかなと思案していたところ、救助者が発表された。

「では、一回目の四人組は──」

 爆豪くん、峰田くん、緑谷くん、お茶子ちゃんが選ばれた。緑谷くんと同じチームにされた爆豪くんは、ブチギレ状態だ。
 組み合わせは、どちらの先生が決めているのだろう。
 毎度なにかしらで接点を持たされる二人に、どうやっても爆豪くんの捻じ曲がった性根を叩き直したいという気迫を感じる。うーん、と顎に手を当てていると、前方から囁き声がした。

「被害者を運ぶにあたって、胸および臀部にやむ追えず触れてしまった場合、それは何か罪にあたるのか否か……」
「君に限ってはアウトだよ、峰田くん」

 珍しく緑谷くんにツッコまれた峰田くんの横に立って、その肩をぽんぽんと叩く。こちらを見上げた彼に「だめだよ」と笑うと、「あ、うん……」としおらしく返事をした。
 顔がほのかに赤い。熱でもあるのだろうか。

 

 その後すぐに訓練が始まって、わたしは要救護者として声を出せない役に回された。が、速攻で緑谷くんに見つかってしまった。
「なんでわかったの?」と訊くと「翼が見えてたよ」と笑顔で返された。わたし、かくれんぼ、キライ。

「じゃあ、苗字さんはしばらくここで待っててね」

 緑谷くんにそそくさと運ばれて、トリアージエリアにて待機を命じられる。こんなに早く見つかってしまったら、待ち時間が長いじゃないか。
 退屈凌ぎに、近くのカラスを呼び寄せた。すぐさま一羽が飛んできて、バサッと肩に乗る。その子の体を頭から背中にかけてゆるやかに撫でた。ときおり小刻みに震えながら、気持ちよさそうに目を閉じている。

──よしよし。この前は怖い目に遭わせて、ごめんね。

 つい四日前の恐ろしい事件を振り返りながら、わたしは肩のぬくもりに心を和ませた。

──ドカーン!!

 突如、辺りに鈍い轟音が響く。明らかに建造物が倒壊した音がした。もしかして、二次災害?
 胸にざわつくものを感じて、肩に乗っていたカラスを飛ばした。目を瞑り、音の鳴る方へと急行させる。そんなに遠くはないはずだ。

 カラスが現着すると、お茶子ちゃんたちのすぐ近くにガスマスクを着けた大男が立っていた。その男が片手で轟くんの背中を掴んでいる。背筋がぞわりとした。

 なんで、敵が。まさか、ずっと隠れてたの……?

 轟くんは背中を掴まれて、宙吊りになっている。意識がないのか、ぴくりとも動かない。あの強い轟くんが、だ。

 マズいっ、先生たちに知らせないと!

 わたしはそのままカラスを先生たちの元へと向かわせた。幸い、その場所からは遠くない。超速で飛ばしたカラスの視界に先生たちが映ると、カラスよりも先着した尾白くんが駆け寄っていくのが見えた。

「先生! ヴィランの残党が!」
「なんてこった、俺たちはまだ怪我で戦える身体じゃない」
「では!?」
「で、では、逃げてください! 正面出口まで、早く!」

 眉間に深い皺が寄る。それと矛盾するように、ゆっくりと全身の強張りが解れた。──ああ、そういうことね。
 カラスの操作を解いて、ゆっくりと瞼を開ける。

「逃がしゃしないさ! 全員まとめて死にさらせェ!!」

 大男が誰なのかわかってしまうと、本気の脅しもなんだか滑稽だ。わたしはしけた面で遠くの声を聞き流した。


 爆豪くんが攻撃を繰り出す。その合間に飯田くんへと逃げの先導を切るよう指示を出した。しかし避難の選択肢を蹴って、そこに立つクラスメイト全員が筋骨たくましい大男へと対峙している──私、以外は。

 上空で様子を伺っていたがそれをやめて、すっと相澤先生の隣に降り立った。

「おい、どうした」
「……うそつき」

 あざとく片頬を膨らませると、はあ、とため息を返される。

「……俺は乗り気じゃねぇんだよ、最初から」
「ふーん、そうですか」

 十三号先生もこちらを向いて頭を掻いている。マスクの下は見えないが、申し訳なさが滲み出ていた。この感じだと、あの大男──オールマイトが発案したに違いない。

 しばらく三人で成り行きを見守っていると、オールマイトが緑谷くんに吹き飛ばされて大きな瓦礫へと激突した。そこには峰田くんのボールがいくつも取りつけられており、さすがの彼も動けないご様子だった。
 もうすぐ、戦闘が終わる。今更になって、ほんの少しだけ後悔がよぎった。わたしも知らないフリして参加してもよかったかもしれない。

「なあ」

 低い声が思考を遮る。

「……ゼリー、美味かったよ。ありがとね」

 予期せぬ言葉に、思わずハッと顔を上げた。

 包帯の巻かれた顔は相変わらず正面を見つめたままだ。頭の隅でやんわりと気になっていたことが、先生の「美味かった」という言葉で払拭されていく。じんわりと温かいものが広がった。

「ふふっ。じゃあ貸し一、ですね」
「見舞いの品だろ。たかるなよ」

 ようやく先生がこちらを向いた。包帯の下は、いつもの呆れ顔だろう。

「あの三文芝居が通用したと本気で思ってるんですか?」
「貸しっつーならマイクに言え。……あいつ、半分も食って帰りやがった」
「あはは! マイク先生らしいです」

 くすくすと笑っていると、十三号先生が「ばれちゃったみたいですね」とこちらを振り向いた。オールマイトがクラスのみんなに軽めの、──いや、本気のリンチを受けていて、また笑いをこぼす。
 となりで「自業自得だな」と大根役者がつぶやいた。

──ウソ寝してた先生が言えたことじゃないけどね?

 その言葉は飲み込んで、顔を覗き込む。真意をはかったのか、先生はまたため息をついて、そっぽを向いた。
 そうしてしばらくの間、包帯に包まれた顔をニヤニヤと見つめていた。

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