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雄英体育祭
『雄英体育祭! ヒーローの卵たちが、我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!! どうせアレだろ、こいつらだろ!? 敵の襲撃を受けたにも拘わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!
──ヒーロー科!! 一年A組だろぉぉ!!?』
マイク先生の本領が発揮されている。
普段より幾分も高いテンション。その実況に、まるで生ラジオを聴いているような感覚になった。必然とこちらのボルテージも上がっていく。
気持ちの昂ぶりを抑えきれず、わたしはつい隣に立っていた踏陰くんへ声を掛けた。
「緊張、するね!」
「ああ。悪くない高揚感だ」
その風貌ゆえに入学当初から勝手に親近感を感じていた、常闇踏陰くん。彼はここ2週間でかなり仲を深めた人物だ。体育祭の準備として、放課後に同じ場所で訓練を始めたことがきっかけだった。今ではダークシャドウくんとも良い関係を築けている、と勝手に確信している。
しかし、踏陰くんと相反して、彼は……と、前を歩く轟くんの背中を眺めた。つい先刻の待合室でも、明らかな敵意を向けられたばかりだ。
『緑谷』
『轟くん……なに?』
『客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う』
『へ!? ……う、うん』
『けどおまえ、オールマイトに目ぇかけられてるよな。別にそこ詮索するつもりはねえが、──おまえには勝つぞ』
『……轟くんが何を思って僕に勝つって言ってるのかは、分かんないけど……そりゃ君の方が上だよ。実力なんて大半の人に敵わないと思う、客観的に見ても。……でも! 皆、他の科の人も、本気でトップを狙ってるんだ。……遅れを取るわけにはいかないんだ。
──僕も本気で獲りに行く!』
『あぁ。……それと、お前にも負けるつもりはねえぞ、苗字』
待合室での出来事を思い出す。あのときは取ってつけたみたいに敵意を向けられて「ひっ!」という小さな叫びしか出なかった。
そもそも、人さまに敵意を向けられることなど、普通に生きていればなかなか無いものだ。特にここ数年は、お兄ちゃんのおかげで後ろ指を刺される生活とは無縁だったためか、あまり耐性がない気がする。
はあ……。屋内戦闘訓練以降、彼は間違いなくわたしを気嫌いしている。
「選手宣誓!!」
ミッドナイト先生の言葉で、ふと我に返った。いかん、いかん、大事な体育祭だぞ! しっかりしろ、名前!
しかし、入れ直した気合いもミッドナイト先生のコスチュームを見ると、気恥ずかしさゆえにどうしても兜の緒が緩んだ。
「18禁なのに高校にいてもいいものか」
「うーん、」
「静かにしなさい! 選手代表! ──1−A、爆豪勝己!!」
静かに登壇する爆豪くん。──そうだ、上位に残ったら、彼とも対戦することになるかもしれないんだ。訓練では頼もしいあの背中も、対峙すれば武神のごとく襲ってくるに違いない。
「せんせー、俺が一位になる」
どかっと湧き起こる、ブーイングの嵐。それでも、爆豪くんのああいうところ、わたしは嫌いじゃない。彼はいつでも”勝ち”を貫き通す気でいる。真似したくても、なかなかできるもんじゃないよね。
わたしも負けないように、頑張らないと!
「さーてそれじゃあ、早速第一種目行きましょう。いわゆる予選よ! 毎年ここで多くのものが涙を飲むわ!! さて、運命の第一種目!! 今年は……コレ!!!」
モニターに【障害物競走】の文字が映し出された。思わず、口元が緩む。
「さあさあ、位置につきまくりなさい!?」
わたしは群衆を避け、後方で位置についた。大きく、息を吸い込む。
お兄ちゃん、見ててね──。
「スタ───ト!!!」
地面を強く蹴り出し、わたしは空へと飛び立った。
『さーて実況してくぜ! 解説アーユーレディ!? ミイラマン!』
『無理やり呼んだんだろうが……』
『早速だが、ミイラマン! 序盤の見どころは?』
『……今だよ』
狭い出入口、誰もいない空中から一直線に飛び抜ける。スタート地点が、最初の”ふるい”だ。通り抜けた後、とてつもない冷気が背後を覆った。後方では、足元を氷漬けにされた人たちがその場で動けずに固まっている。
「クラス連中は当然として、思ったより避けられたな……っ!」
「お先です、轟くん!」
「……チッ!」
轟くんの横を、超速で通り越す。
『1−A 苗字名前!!早くも首位を独走!! やっぱりアレか!? ここはお前の独壇場かぁぁ!!?』
『……水を得た魚だな』
きゃー! マイク先生の生実況がわたしを褒めてる!! 帰って絶対録画観よう!!
思わず心の中で熱狂していると、目の前に巨大なロボットが姿を現した。
『さぁ、いきなり障害物だ!! まず手始めは……第一関門、ロボ・インフェルノ!!』
ロボ・インフェルノ。たしか、一般入試に使用されたロボットだ。クラスのみんなが話していた。特別推薦であることを隠すために、あの時は適当に話を合わせていたけれど。一般入試って、こんなのと戦ってたの!? 下手したら相澤先生よりずっとおっかないじゃん!
こんな序盤で足止めを食らうわけにはいかない。わたしはさらに速度を上げ、ロボットたちの足場を縫うようにその巨体を追い越した。
『苗字はロボ・インフェルノを難なくクリア!! くぅー!! 予想はしてたが一抜けだぁー!!!』
『あいつの場合は、障害物が障害物になってない』
ちょうどロボットを追い越したタイミングで、背中に恐ろしい冷気が走る。
「わっ!」
──あ、危なっ! わたしまで一緒に凍らせるつもりだったでしょ!?……轟くんめ、
背後で氷漬けにされた巨体がバランスを崩して倒れていく。その下を悠々と走り抜ける轟くんが見えた。少し距離はあるが、こちらを強く睨みつけているのがわかる。
『1−A 轟! 攻略と妨害を一度に!! こいつぁシヴィ──!! すげぇな! アレだな、もうなんか……ズリィな!!』
『合理的かつ戦略的行動だ』
『さすがは推薦入学者ー! 初めて戦ったロボ・インフェルノをまったく寄せ付けないエリートっぷりだー!』
わー……、ってヤバいヤバい。感心してる場合じゃない。迫る冷気の男に追いつかれまいと、わたしはそそくさと先を急いだ。
その後、第二関門であるザ・フォールを抜けて(というかただ上を飛んだだけだけど)、後方を確認する。轟くんは綱を渡り始めたところだ。ここまで来るにはまだ時間がかかるだろう。その後ろに、かすかだが爆豪くんの姿も見える。スロースターターにエンジンが掛かり始めたか。
わたしはスピードを緩め、辺りを見回した。ここは次なる第三関門とザ・フォールを繋ぐ道の、ちょうど中間地点だ。
んー、ここら辺でいいかな──。
大きく羽ばたかせた翼が、風を掴む。地上近くを飛んでいた身体は、垂直に上空へと舞い上がった。