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二十二、騎馬戦

『さぁ、起きろイレイザー! 十五分のチーム決め兼作戦タイムを経て、フィールドに十二組の騎馬が並び立った!!』
『……なかなか面白ぇ組が揃ったな』
『さァ上げてけ鬨《とき》の声! 血で血を洗う雄英の合戦が、今! 狼煙を上げる!!』

「……作戦通りにね、心操くん」
「ああ、わかってる」

 わたしは前騎馬となった紫の彼に、後ろから声をかけた。手を置いている彼の肩からは、あまり緊張は感じられない。

 この騎馬は四人で構成されているが、実質動かしているのは前騎馬である心操くんただ一人だ。尾白くんと、おそらくB組であろう名無しの権兵衛さんはすでに洗脳されていて、何かしらの衝撃を与えられない限りは心操くんの思いのままに動くらしい。
 本当に、すごい個性だ。

『さあ、いくぜ! 残虐バトルロイヤルカウントダウン!! ──3! 2! 1! スタート!!』

 火蓋が切られると、予想通りに緑谷くんチームが狙われはじめた。

 わたしたちは一千万ポイントを狙うつもりはない。
 四位以内に入れれば目標の勝ち抜き戦に進出できるので、戦況を把握して、とにかく逃げの一手に専念する。それがわたしたちの戦略だ。

 前後左右でなにか危険があれば、場外に待機させた四方のカラスから〝知らせ〟が届く。つまりこちらは相手チームが仕掛けてきた瞬間に対応できるので、この広いフィールドを逃げるのはさして難しくない。
 広範囲攻撃の個性は、第一種目の障害物競走のときに、上から眺めておおむね把握している。その人物たちに注意を払いつつ、心操くんにはなるべく誰の視界にも入らない場所を狙って動いてもらう。そうすれば急襲される危険は少ない。

 特に序盤はどのチームも寄ってたかって緑谷くん狙いだったので、わたしたちは想定していたよりも余裕があった。

「ねえねえ、心操くん」
「なに?」
「髪って、それ固めてるの?」
「……そうだけど」
「すごいね。……ちょっとだけ触ってもいい?」
「気が散るからやめてくれ」

──なんていう、気の抜けるような会話もできるほどだった。

 途中で爆豪くんが空を飛んでいるのを見かけて、あれがアリならわたしも飛んでもいいのでは? と思ったが、紫の相棒との会話が思った以上に弾むのでやめておいた。

『七分経過した現在のランクを見てみよう! ……あら!? ちょっと待てよコレ! A組緑谷以外パッとしてねえ……ってか爆豪あれ!?』

 さきほどから、ニヒルな笑みを浮かべたB組の男の子が、じわじわとハチマキを集めている。
 彼は、要注意人物だな。
 だって終始笑っている奴は、たいてい腹に一物を抱えているものだから。


 二度三度狙われることはあったが、上手く躱せている。

 時折、上に乗る少女から「あ、その紫のボール、踏まないでね」とか「四時の方向! 角、飛んでくるよ!」とか言われて、避けた程度だ。

 あとは一度、足元に蔓が伸びてきて焦ったが、瞬時に苗字が俺たちごと浮かせたので、なんとか難を逃れた。浮いたというよりジャンプに近い感じですぐに着地したが、彼女は「二秒くらいならなんとかなるね」と言って笑っていた。
 飛ぶときに俺だけを掴むのは勘弁してほしいが、──まったく、うらやましい個性だよ。

 正直はじめは、体力のない自分が前騎馬になること自体不満だった。しかし彼女がやんわりと翼を動かし続けているおかげか、重さはあまり感じない。
 いや、そもそも彼女の体型からすれば、全体重が掛かったとしても問題はなさそうだ。こんな細い体で、よくヒーロー科なんてやってられるな。

「心操くんは、ここら辺の出身なの?」
「いや、関東の方だけど」
「そっかあ! 都会の人なんだね~」
「…………」

 俺の洗脳にかからない奴は、こいつが初めてだ。

 障害物競走で空から話しかけられたときも、チーム決めで俺に声をかけてきたときも、確実に〝洗脳〟したはずだった。なのに競技中も常にこの調子で、今まで自分に会ったことはないかと、そればかり気にする彼女に、こちらはもう拍子抜けするしかない。

『残り時間約一分!』

 実況が耳に届いて、ふっと意識が戻った。
 こんなにも考え事ができるほど余裕だったらしい。どうやら、人選は間違ってなかったようだ。

 そろそろ、か──。

 彼女が一体どんな手を使って、他チームのハチマキを奪うのかは知らされていない。「そこだけはどうか信頼してほしい」と強く言われたため、俺も深くは聞かないでおいた。
 しかし、時間も時間だ。さすがにこちらも心配になってくる。

「もう残り時間ないけど、いったい──」

 振り向こうとした俺の耳元で、鈴のような声がささやいた。

「……さあ、狩りの時間だよ、心操くん」

 放たれた似つかわしくない言葉に、眉が寄る。振り返って、下から声の主を見上げた。
 しかし愉しげな声とは裏腹に、その狩人は鋭い眼光を据えていた。まるで獲物でも捉えたかのような、怪しい笑みを頬に忍ばせて。

 そういう顔もできるのか、あんた──。

 実況は一千万ポイントの争奪と、爆豪とかいう派手な奴の動きに集中している。ハチマキはほとんどあの二組の首に収まっているし、他のハチマキを巻いたチームも、自分たちからはかなり離れている。 

 残り、二十秒ほどしかない。
 策があるといったのは嘘だったのか?

「どうやって奪るのか、さすがに教えてくれてもいいんじゃない?」

 焦りの混じる俺の掛け声に、返答はない。

「なあ、聞いてんの?」

 我慢できずに、ふたたび視線を上げる。そして、瞠目した。

 彼女の右腕はいつの間にか天高く伸ばされていて、その上空には数匹のカラスが集まっている。
 カラスたちのくちばしには白いハチマキが咥えられていた。カーッ、という鳴き声と共にそれらは落とされて、そうして吸い込まれるように苗字の手の中へと収まっていく。

 嘘だろ、いつの間に?

「心操くん。わたし、カラスを操れるんだ」

 そう言って満面の笑みで俺を見下ろす彼女の右手には、驚いたことに三本のハチマキが握られていた。

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