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騎馬戦

『さぁ、起きろイレイザー! 15分のチーム決め兼作戦タイムを経て、フィールドに12組の騎馬が並び立った!!』
『……なかなか面白ぇ組が揃ったな』
『さァ上げてけときの声! 血で血を洗う雄英の合戦が、今! 狼煙を上げる!!』

「……作戦通りにね、心操くん」
「ああ、わかってる」

 わたしは前騎馬となった紫の君に話しかけた。

 この騎馬は4人で構成されているが、実質動かしているのは前騎馬である心操くん、ただ一人だ。尾白くんと、おそらくB組であろう名無しの権兵衛さんはすでに洗脳されていて、何かしらの衝撃を与えられない限りは心操くんの思いのままらしい。……本当に、すごい個性だ。

『さあ、いくぜ! 残虐バトルロイヤルカウントダウン!! ──3! 2! 1! スタート!!!』

 火蓋が切られると、想定通りに緑谷くんチームが狙われ始めた。

 わたしたちは1000万を狙うつもりはない。4位以内に入れば目標の勝ち抜き戦に進出できるので、戦況を把握してとにかく逃げの一手に専念する。それがわたしたちの戦略だ。

 前後左右でなにか危険があれば、場外に待機させた四方のカラスから”知らせ”が届く。こちらは相手チームが仕掛けた瞬間に対応できるので、この広いフィールド、逃げるのはさして難しくない。

 広範囲攻撃の個性はおおむね把握している。それに心操くんにはなるべく誰の視界にも入らない場所を狙って動いてもらっているから、急襲される危険は少ない。

 特に序盤はどのチームも寄ってたかって緑谷くん狙いなので、わたしたちは想定していたよりも余裕があった。

「ねえねえ、心操くん」
「なに?」
「髪って、それ固めてるの?」
「……そうだけど」
「すごいね。ちょっとだけ触ってもいい?」
「おい、気が散るからやめてくれ」

 なんていう、気の抜けるような会話もできるほどだった。

 途中で爆豪くんが空を飛んでいるのを見かけて、あれがアリならわたしも飛んでもいいのでは? とは思ったが、紫の相棒との会話が思った以上に弾むのでやめておいた。

『7分経過した現在のランクを見てみよう!……あら!? ちょっと待てよコレ! A組 緑谷以外パッとしてねえ……ってか爆豪あれ!?』

 B組の黄色い髪の人が、さきほどからじわじわとハチマキを集めている。──彼は、要注意人物だな。

 笑顔の張り付いた男の子をわたしは遠目から眺めた。終始笑っている奴は、たいてい腹に一物を抱えているものだから。


 現状、二度三度狙われることはあったが、上手く躱せている。

 時折、上に乗る少女から「あ、その紫のボール、踏まないでね」とか、「4時の方向! 角、飛んでくるよ!」とか言われて、避けた程度だ。

 あとは一度、足元に蔓が伸びてきて焦ったが、瞬時に苗字が俺たちごと浮かせたのでなんとか免れた。浮いたというよりジャンプに近い感じですぐに着地したが、難を逃れると「2秒くらいならなんとかなるね」と言って笑っていた。

 飛ぶ時に俺だけを掴むのは勘弁してほしいが、──まったく、うらやましい個性だよ。

 正直はじめは、体力のない自分が前騎馬になること自体、不満だった。しかし彼女がやんわりと翼を動かし続けているおかげか、重さはあまり感じない。いや、そもそも彼女の体型からして全体重が掛かったとしても、問題はなさそうだった。こんな細い体で、よくヒーロー科なんてやってられるな。

「心操くんは、ここら辺の出身なの?」
「いや、関東の方だよ」
「そっかぁ! 都会の人なんだね〜」
「…………」

 俺の洗脳にかからない奴は、こいつが初めてだ。

 障害物競走で空から話しかけられた時も、チーム決めで俺に声を掛けてきた時も、確実に”洗脳”したはずだった。なのに競技中も常にこの調子で、今まで自分に会ったことはないかと、そればかり気にする彼女に、こちらはもう拍子抜け以外の何物でもない。

『残り時間約1分!』という実況が耳に届いた。こんなにも考え事ができるほど余裕だったのか。

 そろそろ、か──。

 彼女が一体どんな手を使って他チームのハチマキを奪うのかは聞かされていないが、そこだけは信用してほしいと強く言われたため、深くは聞かないでおいた。しかし、時間も時間だ。流石にこちらも心配になってきた。

「もう残り時間ないけど、いったい──」

 俺の耳元で、鈴のような声がささやいた。

「さあ、狩りの時間だよ、心操くん」

 放たれた似つかわしくない言葉に、片眉を上げて下から彼女を覗き込む。しかし自分の想定とは裏腹に、その狩人は鋭い眼光を据えて、まるで獲物でも捉えたかのごとく怪しい笑みを浮かべていた。

 

 実況は、1000万の争奪戦と、爆豪とかいう派手な奴の動きに集中している。ハチマキはほとんどあの二組の首に集まっているし、他のハチマキを巻いたチームも自分達からはかなり距離がある。 残り、20秒ほどか。

「そろそろどうやって奪るのか、教えてくれてもいいんじゃない?」
「…………」

 焦りの混じる俺の掛け声に、返答はない。我慢できず、視線を投げる。そして、思わず二度見した。彼女の右腕はいつの間にか天高く伸ばされていて、その上空には数匹のカラスが集まっている。

 カラスたちのくちばしには白いハチマキが咥えられていて、カーッ、という鳴き声と共にハチマキが落とされた。それらは、吸い込まれるように苗字の手の中へと収まっていく。

「わたし、カラスを操れるんだ」

 そう言って満面の笑みで俺を見る彼女の右手には、驚いたことに3本のハチマキが握られていた。

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