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中休み
「ねえ、お昼ご飯、一緒に食べよう?」
誘われてやってきた、いつもの食堂。窓際の席に向かい合わせで座る俺たちの目の前には、カツ丼とサンドイッチが置かれている。柄にもなく縁起を担ぎたくなった自分の横で、まさかのサンドイッチを注文した苗字を見て、少しばかり恥ずかしさが募った。
「……いつも、そんなん食べてるわけ?」
「んーん! 思ったより体力使わなかったから、お腹すいてないだけ」
無自覚に人の神経を逆撫でするタイプだな、こいつ。文句の一つでも言ってやろうかと口を開いた時、苗字が俺のトレーを見てつぶやいた。
「心操くん、カツ丼かあ……美味しそうだな〜」
いかにも、という感じで瞳を輝かせながら俺のカツ丼を見つめている。ふと彼女のトレーに”あるもの”が乗っていることに気付き、はあ、とため息をついた。
「横取りする気、満々かよ。…… 一切れだけね」
「ありがとう!」
彼女は持ってきた箸で、さも当然かのようにカツを一切れつまんだ。「カツ食べたし、これで午後もカァツ!」と片頬を膨らませる彼女を見て、本当にカラスみたいだな、という考えが頭をよぎった。
その後、なぜか楽しそうにサンドイッチを頬張る彼女を前に、俺は先ほど終えた騎馬戦での会話を思い出していた。
『早速上位4チーム見てみよか! 1位、轟チーム! 2位、鉄て……アレェ!? オイ!! 苗字チーム!? いつの間に逆転してたんだよオイオイ! 3位、爆豪チーム! 4位、緑谷チーム! 以上4組が最終種目へ、進出だああ──!!!』
『あんた、誰から奪ったんだよ』
『ん〜、B組の鱗飛ばす人から1本と、とんがり目の人から2本! A組には個性バレてるからB組からしか奪れなかったよ、残念』
あのとき、奪れるもんなら全チームから奪るつもりだったんだろう。──カラスは何匹まで操れるんだろうか。正直なところ、”操る”という点で共通点を見つけた彼女に、気持ちばかしの親近感を覚えたところだ。
しかしそんな思考は、横からの聞き慣れた声によって現実へと戻された。
「おーい心操! お前、かなりいいとこまで残ってんじゃん! すげー……って、なにヒーロー科のやつと飯食ってんだよ」
同じクラスの、何かにつけて俺に絡んでくる奴だ。別段、仲が良いわけでも悪いわけでもないクラスメイトに、その後の面倒そうな流れを予感して、冷たく返す。
「誰と食おうが、俺の勝手だろ」
普通科にはヒーロー科を目の敵にしてる奴も多い。彼の目に、この光景は異端だろう。まあ、自分もその”目の敵にしてる奴”の一人ではあるのだが──。
俺は視線を逸らして、会話は終いだとでも言わんばかりに態度で示した。しかし、
「……心操くんの、お友達ですか? それなら、ここ空いてるのでどうぞ」
苗字が、隣の席の椅子を引いた。今日の食堂はいつも以上に混雑している。だから、他に空いている席はあまりない。クラスメイトの男は一瞬、怪訝な顔で苗字を睨みつけると「まあ、他に空いてないしな……しゃあねーか」とわざとらしくデカい声で言い放って、彼女の横に座った。
いやいや、あんた、事を荒立てるなよ。しかし苗字は、俺からの冷ややかな視線に目もくれず、隣の男が置いたトレーを食い気味に見つめている。
「え、あなたもカツ丼!? ……いいなぁ〜」
妙な沈黙が流れた。
「………… 一切れ、食います?」
おい、根負けすんな。
「え、いいの!? やった〜、ありがとう!」
何考えてんだよ、あんたのことヒーロー科ってだけで嫌厭してるヤツだぞ。「午後も勝てたら、このカツのおかげだね」と言って笑う苗字に、クラスメイトの男が露骨に顔を赤らめる。いや、あんた、俺のカツも食ってたよな。
「あ、いや、えー …………まあ、応援、してます」
「ありがとう! 心操くんのお友達、やさしいね」
笑ってこちらを向いた苗字。自分の中でふつふつと小さな苛立ちが湧き起こる。翼の生えた人たらしを無視して、俺は自分のカツ丼をかき込んだ。
一定のリズムで胸の底に響くような、低くて温かい声。オールアップにされた紫の髪。吸い込まれそうな紫の瞳。少し不気味で怪しい雰囲気なのに、堂々とした物言い。そのすべてが、彼の持つ独特な魅力に一役かっている。
突き放すような喋り方にこちらもすっかり遠慮を失ってしまい、わたしは騎馬戦の流れのままに彼を昼食へ誘った。静かにカツ丼を食べる心操くん。ふと、この人との沈黙は嫌じゃない、と思った。ヘンなの。
次の勝ち抜き戦、わたしの場合は誰と当たるかで勝敗がほとんど決まる。もし轟くんや上鳴くんと当たろうものなら、瞬殺だろう。
少しだけざわつく心を、心操くんから奪ったカツで誤魔化した。
「次の試合、あんたと当たったら終わりだな」
「うん、そうだねぇ」
「ちょっとは、遠慮してくれよ」
「しないよ。……大事なひとが、見てるから」
お兄ちゃんが、見てくれている──。
数日前、直接会場に見に行くよと言われた電話口で、恥ずかしいからそれだけはやめてと断ったときも、わたしの欲しい言葉をくれた。
『名前なら、ぜったいに大丈夫』
お兄ちゃんにそう言われると、本当に大丈夫だと思える。力の限り、やればいいさ。
わたしはざわついた心を、今度は隣にやってきた彼の友人のカツで誤魔化した。
──コン、コン
「マイク先生、いますか?」
「ヘイヘーイ! 開いてるぜ〜!!」
見た目より重みのある扉を開けると、そこにはマイク先生と相澤先生が座っていた。
「お邪魔しまーす」
「どうした、なんか用か」
こちらを向くミイラ男みたいな相澤先生。
「午前中がんばったので、ご褒美もらいにきました、えへへ」
へらりと笑って返すと、先生が眉間に皺をよせた。……眉間は見えないけど。
わたしはマイク先生のもとへ小走りで近づき、片手を上げた先生に向かって首を垂れた。”よしよし”ください、のポーズだ。
「ちゃっかり進出してたなァ、苗字」
「マイク先生、最後わたしのこと見てませんでしたよね」
片頬をあざとく膨らませるも、頭に乗るやさしい手に、わたしの顔はニヤけたままだ。マイク先生のよしよしは、その勢いのある喋り方とは真逆で、ぽんぽんと軽く手を乗せるような、とってもやさしいタッチだ。お兄ちゃんとは、また一味違うなあ。
ふと隣を見ると、汚物を見るような目を向けられていたが、気にしない気にしない。
「次も、がんばります!」
「おぉ! しっかり気張れよー!」
「あと、相澤先生」
「……何だ」
「弓矢、解禁してもいいですか? さすがにカラスだけじゃ、勝てないです」
「ああ、問題ない。そもそも俺は禁止するとは言ってないぞ」
「え、でも人に向けて放つなって言ってましたよね?」
「対戦相手に、ばあさんが治癒できないような怪我をさせるな、という意味だ」
わたしは、じとりと先生を睨んだ。
「…………それ、ぜったい言ってない」
「……今、言っただろうが」
わたしは今度こそ両頬を膨らませながら、部屋を後にした。
ぜったい言ってない。
相澤先生は【言葉足らず】。
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