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本戦 ①

「二人とも、お疲れさま」

 観客席でわたしたちを最初に出迎えてくれたのは、尾白くんだった。彼の声を皮切りに、クラスメイトのあちこちから「おつかれー」と声が掛かる。一回戦の第五試合を終えたわたしと三奈ちゃんへの、労いの言葉だ。

「ありがとう、尾白くん」
「ぐはあ、悔しい! 名前、速すぎたー!」
「ふふ、だって酸かけられたらわたしの翼溶けちゃうもん」

 口では彼女を讃えつつも、実際のところは、背中を掴んで軽く場外に投げ飛ばしておいた。だって、こちとら入学前から割と厳しめの対人経験を積んでいるので。──あ、でも、軽くじゃないな。本当は彼女の背後をとるのにそこそこ苦労した。それに投げ飛ばした後に彼女を追い越してキャッチしたが、しっかり受け身の姿勢だったので、さすがの運動神経に脱帽したんだった。

「名前、私の分も頑張ってよね!」
「うん、もちろん!」

 三奈ちゃんとの会話を終えて、わたしはそそくさと尾白くんの隣に座る。彼が気に病んで本戦を辞退してしまった件を、もう一度謝りたかったからだ。

「……尾白くん、本当にごめんね、騎馬戦の件」
「いや、苗字さんは実力で勝ち残ったんだから、何も気にする事ないよ! 洗脳されちゃったのは、俺のミスだし」

 尾白くんは手を振りながら、優しくフォローしてくれる。今度、B組の名なしの権兵衛さんにも謝らなくては。

「それよりさ、なんで苗字さんは洗脳されなかったの?」
「んー、個性の件を黙ってる代わりに、って感じかな」
「ああ、なるほど。顔見知りだったんだね」
「……まあ、ね」

 今まで忘れていたが、そういえばなぜわたしだけ洗脳できなかったんだろう。イレギュラーとして相澤先生に報告すべきだろうか。もしくは偶然、わたしが心操くんにとってのハズレくじだっただけなのだろうか。

 しかしその思考は、前に座る緑谷くんからの言葉で見事に掻き消された。

「苗字さん、お疲れさま! 会場のポール、やっぱり苗字さん対策なんだよね?」
「うん、多分ね」
「まあ、彼女の個性を鑑みれば当然の処置だろう。その気になればどこまででも飛んでいけるからな、苗字くんは」

 緑谷くんと飯田くんが話しているのは、わたしたちの試合開始前にセメントス先生が「ちょっと待ってね」と言って”アレンジ”を加えたフィールドについてだ。
 地面に引かれた白いフィールドラインが交差する4つの角には、それぞれ細長いポールが建てられている。地上から4、50メートルはあるだろうか。ポールの先端には赤い印がつけられていた。

「赤い印より高く飛んだらダメだって言われたよ」
「なるほど、上空にも制限を設けたわけか」

 ほとんどの学生には関係のない代物だろうが、飯田くんはなるほどと言って押し黙った。

 試合中、フィールドの外には副審らしき人物も立っていたし、空中でサイドラインから出たかどうかの判断はなかなか大変だろうな、とわたしは他人事のようにその歪なフィールドをしばらく眺めていた。


「焦凍ォォオオ!!! やっと己を受け入れたか! そうだ! 良いぞ!! ここからがお前の始まり! 俺の血をもって俺を超えて行き……俺の野望をお前が果たせ!!!」

 No.2ヒーローのエンデヴァーが、自身の息子──轟くんへと激励を飛ばしている。驚くクラスメイトを他所に、わたしはお兄ちゃんを呼ばなくて良かったなと、ひとり胸を撫で下ろしていた。
 親バカと括るには遥かに烈しい情動を、白い目で見やる。轟くんの冷たい向上心には、確実にあの親が一枚噛んでいるに違いない。

 その後、緑谷くんと轟くんから放たれた互いの全力により、観客席まで爆風が押し寄せ、結果として轟くんが勝利を収めた。

 吹き飛ばされた緑谷くんの身体は、かつてないほどにボロボロだ。わたしはすっと席を立ち上がり、お茶子ちゃんと飯田くんへ後ろから呼びかける。

「様子、見に行かない?」
「うん! デクくん心配やっ」
「ああ、もちろんだ! 俺も行こう」

 すると梅雨ちゃんと峰田くんも立ち上がり、わたしを呼び止めた。

「名前ちゃん、私も行くわ、ケロケロ」
「俺も行くぜ!」

 振り返り、うん、と力強く頷いて、わたしたちはリカバリーガールの元へと駆け出した。
 観客席横の階段を上がる時、爆豪くんから「……ケッ」という小さな嫌味が聞こえたが、わたしは聞こえないフリをして、彼の横をそっと通り過ぎた。


 誰、だろう──?

 リカバリーガールの待機する出張保健所へ赴くと、そこには見たことのない高身長の男性が緑谷君の傍に立っていた。心配そうに緑谷くんを見つめている。

 目があって、軽く会釈した。

 リカバリーガールの助手にしては白衣も着てないし、学校の事務員さんかなにかだろうか。わずかだが、彼はわたしと目があってから慌てているように見える。

 黒いビジネススーツ。その曲がった背格好の男性が「びっくりした……」と小声でつぶやくのを訝しげに眺めてから、わたしは緑谷くんへと視線を戻した。

 両腕に巻かれた包帯に、額から流れる大量の汗。「みんな……次の試合、は……」と小さく唸るように声を上げた痛々しい姿に、掛けようとした声も思わず引っ込んでしまった。
 みんなの心配する声に、リカバリーガールが横槍を入れる。

「うるさいよホラ! 心配するのは良いが、これから手術さね!」
「「シュジュツ──!!?」」

 結局、わたしたちはボロボロの緑谷くんとほとんど会話をすることなく、その場を追い出されてしまった。しかしあの男性、なーんか引っ掛かるが、いったい何者だ──?

「ねえ、お茶子ちゃん、あの人知ってる? さっき居た、スーツの人」
「ううん、知らへんよ。うちも誰かなーとは思ったけど」
「……そっか、ふーん」

 まあ、いいか。

 緑谷くんが目を覚ましたら、聞いてみればいいだけのこと。わたしはそれよりも、次の対戦相手である踏陰くんのことで頭がいっぱいだった。

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