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本戦 ③
『お待たせしたぜ、エブリバディ──!! 準決勝、第二試合!!』
腹が立ってしょーがねェ。
余裕ぶっこいて半分野郎とポニーテールに一杯食わせたあン時の態度も、クソデクのノートに齧りつく姿も、いつもへらへら笑ってやがる、あのツラも。
『会場の男共! もうお前ら彼女の虜になってんじゃねェの!? 空を制するはカラスの如し! ヒーロー科、苗字名前!!』
一般入試で見かけてたら、ぜってー覚えてるはずだ。しかも、あの個性──。本人は隠してるみてェだが、推薦入学とみて、まず違いねェ。
『──かたや!! こっちは女にも一切の容赦はねェ、だがその実力は折り紙つきだぜ! ヒーロー科、爆豪勝己!!』
コッチが態度で拒否っても、分かってンのか分かってねェのか、人の懐にズケズケと踏み込んで来やがって。
「俺にも弓矢、使ってこいや」
「もちろんだよ」
ああ、クソ。心底どうでもいい。こんな時までへらへら笑ってンじゃねェよ。
俺の前に立つ奴は、女だろうと容赦しねェ。こいつをブチのめして、半分野郎を完膚なきまでに叩き潰して、──そンで俺がトップになる。
『一瞬たりとも見逃すな!? アーユーレディ!? スタァ──ト!!!』
開始の雄叫びと共に垂直へ飛び上がったわたしの元へ、爆豪くんはなぞるように追いかけてきた。その目はまさしく、肉食獣が獲物を仕留めるときのそれだ。
しかし空中での速さは、基本、こちらに分がある。空の鬼ごっこなら、さすがの爆豪くんもわたしには勝てないだろう。
「近付かれたくねェのが、バレバレだなァ!」
背後から仕掛けられる爆破を、追いつかれるギリギリの間合いで避ける。それを二度三度繰り返していると、弓矢を出さないわたしにやきもきしてきたのか、彼の顔には少しずつ翳りが見え始めた。
──でも、今は攻撃よりも、下準備。
なるべく彼には消耗してほしい。追いかけるだけの時間なんて、勝気な爆豪くんにはさぞ酷なことだろう。
そんな彼の心模様を表すかのように、段々と空が翳り始めた。爆豪くんが違和感に気づき、追従を止めて地上へと降り立つ。
彼が空を仰ぐのを視認して、こちらは空中で停止飛行に切り替えた。
『オイオイオイオイ! ちーっと呼び過ぎなんじゃねェの!!?』
会場の空、半分ほどを覆い尽くすように集まった、薄く、黒い影たち。
揃ったか──。
広がった影は、ゆっくりとわたしの頭上へと集い始める。
このために何日も前から仲間を集めておいたんだ。爆豪くんを前にして、こちらも出し惜しみなんてするつもりはない。
カラスたちは、大きく渦を巻くようにわたしの周りをぐるりと一周すると、そのまま一つの塊へと収束していく。そうして、フィールド内を、ゆっくりと”黒いうねり”が泳ぎ始めた。
巨大な怪物は、不気味な鳴き声を発しながら、主人の”声”を待っている。わかるよ、遊びたくてしょうがないんだよね──?
「ハッ、カラスが集まったから何だってんだ! 吹き飛ばして終いだ!!」
「……ただのカラスならね。でもこの子たちは違うよ」
一は万を助け、万は一を助ける。
互譲の精神を知ったカラスに、爆豪くん、果たして君は勝てるかな──?
それはまるで、広い海原を自由に泳ぐ、鯨のようだと思った。
その鯨は二手に別れたり、くっついたりを繰り返しながら、時折、腹の中から光の矢を放っている。どこから飛んでくるか分からない鋭い矢で、かっちゃんは少しずつ、それでも確実に体力を削られていた。
何カ所も穴の開いた体操服の袖を、かっちゃんが「アァ! うぜェ!!」と言って肩口から破り捨てる。露わになった腕には、苗字さんの矢で受けた傷から、滴るほどの血が滲んでいた。あの瞬発力がなかったら、とうに2、3本は刺さっているに違いない。僕は、包帯の中で手汗が滲むのを感じた。
「苗字、マジおっかね〜〜!」
「ケロ、……名前ちゃん、今日は容赦ないわね」
「……すごいよ、苗字さん」
本当に、よく研究されている──。
かっちゃんは、近接戦闘ではほとんど隙ナシだ。動けば動くほど、汗をかいて爆破の個性が強力になっていく。爆破を利用して空中移動もできるけど、空ではやっぱり苗字さんの方が圧倒的に有利だ。
かたや、彼女は間合いに詰められれば一貫の終わり。相手に空中での移動を強要させ、”燃料”を消耗させながら、カラスを防護壁とし、かつそれを目眩しとしても流用する。
この洗練された策は、”狭いフィールド”でのかっちゃんとの戦いを見越した、彼女なりの最善策なんだろう。
カラスの大群の中を自由自在に行き来する彼女は、外野から観戦する僕らでさえ、矢を放つ瞬間でしかその位置を捉えることはできない。
「ナメんじゃねェ!!」
しかし、やはりかっちゃんの爆破も決して劣ることはなかった。直撃をくらったカラスたちが、ぼとぼとと地面に落ちていく。
このまま互いに消耗戦へともつれ込むか? いやそれだと、このおびただしい数のカラスを落とすには時間が足りない。かっちゃんが不利だ。
どうするんだ? ……いや、僕なら、どう戦う?
前のめりになる自分の身体をなんとか椅子に縫い付けていると、ふと、黒い塊の中から、カラスとは異なる大きな翼が見えた。気のせいとも思える、一瞬の出来事。鯨の腹を内から切り裂くように蠢く、黒い影。
「……カタ、つけてやる!!!」
その瞬間、かっちゃんが右手の手首に左手を添えた。
あ、来る──!
麗日さんの流星群を破った、あの会心の爆撃。
その予感を感じ取ったものの、僕の喉はカラカラに乾いていて、言葉が音になることはなかった。
「……っ!」
ダメだ、かっちゃん──!
僕の嫌な予感は的中して、黒い影とはまったく異なる方向から、光の弓矢を構えた苗字さんがその姿を現した。