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表彰式

「目、覚めたかい?」
「……ん、」

 瞼を開けると、そこは白い天井だった。ゆっくりと両手で起こした身体には、まだ怠さが残っている。睡眠不足は拭えないが、なんとか動けるくらいには回復しているようだ。

「……んん、まだねむいです、」
「そんでも、そろそろ起きんさい。もうすぐ決勝戦の決着がつくさね」
「え、もうそんな時間ですか?」

 限界突破したのは、相澤先生との入試以来だな──。ぼんやりした頭が少しずつ冴えてくると、「ほら、ペッツだよ」とリカバリーガールがわたしの元へと近づいてきた。

「あと悪いが、その子たちはあんたにしか治せないよ」
「…………ん?」

 指を差された隣のベッドに目を向けると、白いシーツの上に弱ったカラスたちが所狭しと並べられていた。

「わっ! だ、誰が運んでくれたんですか……?」

 ベッドから飛び起きて、カラスたちに手を伸ばす。幸い、酷い怪我を負った子は居ないみたいだ。よかった、本当に。

「救護ロボが運んできたさね。まさか人間じゃなくて、カラスが運ばれてくるなんて思いもせんかったよ」
「あはは、ですよね。すみません」

 カラスを撫でる手をそのままに、意識を失う前の記憶を辿る。たしか、あのとき、爆豪くんに頼んで──。彼はわかっているような口ぶりだったから、ミッドナイト先生にでも頼んでくれたんだろう。

 それにしても、爆豪くんがカラスたちの”回復方法”について知っていたとは──。わたしは彼の洞察力すら見誤っていたらしい。以前の訓練の時にでも見られていたんだろう。 とにかく、会ったらちゃんとお礼を言わなくちゃ。

 撫でていた手元のカラスが、カーッ!と元気に鳴き声をあげる。その姿に頬をゆるませながら、今度は隣のカラスを撫で始めた。もう一方の手で、自分の髪の毛に触れる。

 さて、どうやって跳ねた髪を直そうか。


 運営スタッフの人が保健室にやってきて、わたしは会場の地下へと案内された。表彰台は地下から登場するパターンなのね、と凝ったステージにひとり感心する。

 到着すると、そこにはすでに轟くんの姿があった。あったのだが……

「ん゛〜〜!!!!」
「ええええ……!?」

 一瞬、猟犬でも繋がれているのかと思ったその場所に立っていたのは、なんと爆豪くんだった。拘束具を全身にはめられ、背後の柱へと縛り付けられている。口が塞がれていてよく聞き取れないが、なにやら言葉にならない雄叫びを上げていた。

「ど、どしたの……」と洩らすわたしの声に反応したのは、爆豪くんの奥に立っていた轟くんだった。

「起きたのか、苗字」

 わたしに気付いた轟くんが、俯いていた顔を上げて、こちらを向く。

「あ、う、うん……」

 緑谷くんとの戦い以降、角が取れたように大人しくなった轟くんが、わたしに語りかけてくる。今までだったら、絶対に有り得ないことだ。こちらは未だ緊張が抜け切らずに、しどろもどろになってしまう。

 目を凝らすと、爆豪くんは轟くんに向かって何かを叫んでいるように見えた。

「決勝戦、おつかれさま……」
「ああ」
「ば、爆豪くんと、なにかあったの……?」
「……まあ、そうだな。俺に対して怒ってることには違いねぇ」

 よほど激しい戦いだったのだろうか。だとしても、1位の表彰台に立つのは爆豪くんなのだから、怒る理由もないように思うのだけど──。
 わたしは怪訝な顔を崩さないまま、3と書かれた表彰台の上に立った。

 このまま、拘束具をつけて表彰式? 爆豪くんって、どこまでもわたしの想像をこえていくなぁ。

 いかん、いかん! わたしは自分の顔をバシバシと叩いて、固まった頬の筋肉をゆるませた。せっかく寝癖も直したんだし、笑顔、笑顔っ! って、あれ? そういえば3位決定戦をしてないけど、飯田くんはどこにいるのだろう?

「足元動きますので、ご注意ください」

 運営スタッフの人の声で、足元がゆっくりと上昇を始めた。天井が開いて、青い空が見える。遠くに聞こえていた歓声が、胸の底に響くくらいに大きなものへと変わった。

「それではこれより! 表彰式に移ります!」

 昇降ステージが上がり切ると、みんなの顔が見えた。頑張ってつくった笑顔が、また引き攣る。

「ん゛ん゛〜〜〜〜!!!!」

 うん、そうだよね。……そうなるよね。ステージ上から見るみんなの眉毛が、見事なまでに八の字を描いていたのは言うまでもない。


「名前ー! 爆豪戦、すんっごかったねー!」
「名前ちゃん、もっかい銅メダル見せてー!」
「はい、どうぞ〜」

 体育祭後に相澤先生の簡単なHRを終え、三奈ちゃんと透ちゃんが跳ぶようにわたしの元へやってきた。笑顔でふたりを迎えると、他の女の子たちもじわじわと集まってくる。

「素晴らしい戦い振りでしたわ、名前さん」
「ケロケロ! とっても勉強させてもらったわ、名前ちゃん」
「あの爆豪くんを圧倒しとったんがすごい! デクくん、ずーっとノートとりよったよ」
「ほんと? なんかそれ、恥ずかしいなぁ〜」
「それより! 体育祭も終わったし、2日も休みあるしってことで、みんなでどこか行こうよー!」
「お、いいね。まだみんなで休日遊んだことなかったし」

 透ちゃんからのお誘いにめずらしく響香が乗ると、すぐさま話は広がっていく。女の子7人でお出かけ! 待てよ、着ていける服あったかな?

「どこがいいかなあ〜。うち仕送り生活やから、遊園地とかは難しいかもしれん」
「遊園地のチケットくらいでしたら、私の方で用意できるかもしれませんわ。お母様に確認してみましょうか?」

──ゆ、遊園地のチケットくらい……? 

 前から思っていたが、もしかして百ちゃんはあれか? ボンボンなのか? 三奈ちゃんが前のめりで目を輝かせた瞬間、横からやんわりと彼女を制したのは梅雨ちゃんだった。

「でも振替休日だから、身体も休めた方がいいんじゃないかしら、ケロ」
「あう、それもそっか〜。じゃあ初めてだし、近場で集まる?」
「普通にファミレスで話すのも楽しそうだね!」
「うーん、……それならカラオケは?」

 大人しく聞いていた会話の中、響香の発したカラオケ、という言葉に身体がぴくりと跳ねる。

「……え、カラオケ? わたしカラオケ行きたい!」

 急に声を上げたわたしにみんなが驚いて、それからゆっくりと笑顔をつくった。

「じゃあ、体育祭で一番頑張った名前の意見を採用して、カラオケに決定!」
「「「異議なーし!」」」
「お、なになに〜? カラオケ行く系? 俺らも混ぜてよ!」

 女子の輪に乗り込んできた上鳴くんに、響香が立ちはだかった。

「いや、今回は男子禁制なんで」

 響香の辛辣すぎる対応に、上鳴くんはがっくりと肩を落として帰っていく。この光景、いつかも見た気がするな。──気のせいか? 

 しかしこちらを振り返った響香の満面の笑みで、そんな考えはすぐにどこかへと吹き飛んでしまった。

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