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救助訓練レース

「名前さんはいかがでしたか? 職業訓練」
「んー、もうね、百ちゃんには見せらんないほどボッコボコにやられたよ……」
「まあ、そんなに!」

 ミルコさんの顔を思い浮かべるだけで、完全に気のせいだが、身体のそこかしこに痛みが沸く。机に突っ伏してオーバーリアクション気味に応えた。

 いやいや、なにがオーバーだ。肋骨が肺に刺さって赤黒い吐血を繰り返し腰骨をバキバキにへし折られたじゃないか。……とても口にはできないけど。

「でもまあ、行って良かったかな。大きな学びがあったし」

 少々、いや明らかにぶっ飛んだ人間じゃないと、16歳の少女を殴る蹴るの暴行なんて正義感が邪魔して鍛えてもらえないから。得たものは、大きい。

「……お前、やっぱりあの時、」
「あっ! 違う違う! それは本当に違うのっ!」

 あちゃっ、轟くんの前で、この話は禁句だった……。

 斜め前からの鋭いツッコミに、職場体験でのトラウマを思い出す。まぁ、トラウマを植え付けられたのはわたしではなく、彼の方だろうけども。

「もしや苗字くん、君もエンデヴァーヒーロー事務所だったのかい?」
「ううん、違うの飯田くん。わたしはエンデヴァー事務所の鍛錬場を借りてただけで、──」

 かくかくしかじかでと、飯田くん、緑谷くん、百ちゃんに説明すると、間髪入れずに緑谷くんが食いついてきた。

「ええええ!? 苗字さん、ラビットヒーローミルコのところに行ってたの!?」
「ああ、うん、まぁ」
「すごいっ! すごいよ、苗字さん! ミルコは拠点を持たずサイドキックも雇わずの個人で活動するヒーローなんだよっ! そのミルコが職場体験を受け入れてくれるなんてっ!」
「あはは、だね。個人主義すぎて街中じゃほとんど放置プレイだったけど」
「うわあ〜! 後で色々聞かせてもらえないかな!? ミルコの目撃情報は全国津々浦々だからこそなかなか生で聞けるもんじゃなくて僕も色々とネットで調査を続けてるんだけどどの情報も私情が混ざってるから特徴を捉えづらくてやっぱり直接目にした人から直接話を聞くに限ると僕は──」
「あ、相変わらずだね、緑谷くん……」

 こういう時の緑谷くんは距離感がバグってて、時々びっくりするぐらい顔が近い。どこのお茶子ちゃんだよ、君。

「っていうか、大変だったのは3人の方でしょ! 心配したんだよ、ほんと」

 わたしが飯田くんを見上げながら問いかけると、彼は申し訳なさそうに、けれどもどこか吹っ切れたような顔をした。

「その件については、心配をかけてすまなかった」

 違う、申し訳ないのはこちらの方だ。一緒にお昼を食べて一緒に帰る仲なのに、何一つ気付かなかったのは、わたしの方なのだから。

「頼って欲しいんだよ、……お友達だと思ってるから」

 膨れながら追い討ちをかけたわたしに、飯田くんは少しだけ目を開いた。それから、笑った。

「ああ、友人に隠し事はよくないな」

 そのふっとこぼした笑顔が、この一週間で彼を大きく成長させる何かがあったのだと語っている気がした。


「ハイ! 私が来たーってな感じでやっていく訳だけどもね。ハイ、ヒーロー基礎学ね。久しぶりだー少年少女! 元気か?」

 久しぶりのヒーロー基礎学は、遊びの要素を含めた救助訓練レースを行うらしい。運動場γ、複雑に入り組んだ迷路のような密集工業地帯。救難信号を出すオールマイトを町外れから一斉スタートで5人が救助に向かう流れだ。

 クラスメイトたちの後方でNo.1の説明を聞きながら、言っちゃ悪いがここはダントツだなとニヤけてしまう。工場地帯が密集してようがわたしには関係ない。だって空中でわたしに勝てる人なんて、居ないのだから。

 ニヤニヤしていると、後頭部にビシッと衝撃を食らった。

「いったっ……」

 振り返ると、爆豪くんがデコピンをかました手をそのままに、こちらを睨みつけている。

「ニヤついてんじゃねェ、気持ち悪ィんだよ」
「なっ……」

 小声で脅しをかけてきた。

 え──、急になにするの、この人! てか、わたし前向いてたよね? ニヤついてるとか、わかんなくない!?

 嫌悪感たっぷりに、ありえない、という視線を返すと「翼がウゼェんだよ」と返された。……ああ、なるほど。バタつかせてしまったのだろうか。たしかに翼はわたしの身体の一部ゆえに、たまに気持ちが現れてしまうこともあるけれど。

 思わず納得して黙りこくっていると、また「……ウゼェ」と咎められ、困ってしまう。喋ってないよ、とジンジンする後頭部をさすった。

 もしや職場体験で嫌なことでもあったのだろうか。八つ当たりとか、みみっちい奴め。心の中で小さく罵倒して、ぷいっとそっぽ向いた先で三奈ちゃんと目が合う。こちらを見てニヤニヤする彼女はずいぶん距離があるのに、いかがわしいことを考えていますという顔をしていた。


 オールマイトまであと数十メートルというところで、視界の端に紫の玉がうつる。

「見つけた!! 俺は戦略的に行くぜコノヤロー!」

 連なった紫色の玉がわたしの方へと飛んでくる。空中でひゅいっとかわすと、「俺も連れてけぇえ!!」と峰田くんの叫びが聞こえた。どうやらわたしにくっついて合理的に二番手を狙う算段らしい。

 口の端を上げて、峰田くんに叫ぶ。

「いいよー! 一緒行こうか、峰田くんっ」
「……へ? いいのかよ、」

 予想外のわたしの反応に、意表をつかれた彼は「でも、なんで?」という顔のまま固まっている。峰田くんの元へと方向転換して、速度を落とさずにビュンと彼の足首を掴んだ。

「ぐわっ!! も、もっと丁寧に扱ってくれよー! 苗字!」

 逆さ吊りになった彼を掴んで、そのままオールマイトのもとへと加速する。

「ぎゃぁぁあああ!!!」
「あはははは!」

 回転しながら風を切れば、彼の小さい身体は風に押し負けて上下左右にぐわんぐわんと揺れていた。

 成す術なく強風と浮遊感に晒された彼は、涙を流しながら「降ろして、苗字、おろしてくれぇぇええええ!!」と叫んでいる。

「はいはーい!」

 わたしはお望み通りに、泡を吹く彼を近くのタンクの上に下ろして、オールマイトのもとへと到着した。もちろん一番手だ。

「HAHAHAHA! 苗字少女は職場体験でユーモアも磨いてきたのかな? すばらしい! ハイ、一着ね。おめでとう!」
「ありがとうございますっ、オールマイト!」

 ぬっと頭を差し出すと、オールマイトからよしよしをゲットして最高にいい気分なわたし。クラスメイトたちの元へ戻ると、瀬呂くんから「なんか苗字、ちょっと意地悪になってねぇ?」と笑いながら咎められた。

 ひどいな、瀬呂くん。遊び心を掴んだと言って欲しいものだ。

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