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期末試験 ①
3日間の筆記試験を終えて、わたしたちは実技試験会場の中央広場に集められた。
「それじゃあ、演習試験を始めていく。この試験でも、もちろん赤点はある。林間合宿行きたけりゃ、みっともねぇヘマはするなよ」
先生たち、ずいぶん多いな。
試験の説明を始めた相澤先生の隣には、7人の先生たちが並んでいる。エクトプラズム先生、セメントス先生、マイク先生、ミッドナイト先生、13号先生。なぜか3年生担当のスナイプ先生や、サポート科のパワーローダー先生まで。
バラエティに富んだ面々は、朧げながらもわたしたち生徒に不穏な空気を感じさせた。
「諸君なら事前に情報を仕入れて、なにするか薄々わかってるとは思うが……」
「入試みてぇなロボ無双だろ!?」
「花火! カレー! 肝試──!!」
はしゃぎ出す上鳴くんと三奈ちゃんは、筆記が上手くいったのか、ずいぶんと陽気だ。
「残念! 諸事情があって、今回から内容を変更しちゃうのさ!」
相澤先生の捕縛布から、何かがぴょこっと顔を出す。よく見ると、校長先生だった。
ふええ! こ、校長先生っ! なにそれ、ビジュがエモい! やめて!
写真に収めたい欲を、ぐっと呑み込む。どうりで捕縛布がもっこりしてるワケだ。
「これからは対人戦闘・活動を見据えた、より実践に近い教えを重視するのさ! ……というわけで、諸君らにはこれから、二人一組でここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう!」
「なお、ペアの組みと対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度、諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表してくぞ」
驚く間も与えず、相澤先生が演習試験の説明を進めていく。マズい。さっきの絵面が焼き付いて話が入ってこない。
「まずは、轟と八百万がチームで、俺とだ。そして、緑谷と爆豪がチーム。で、相手は──」
「私が、する!」
オールマイト──!
いつも通り空からやってきたNo.1ヒーローに、クラスメイトたちがどよめいた。これで教師は全員で10名。まさか先生との戦闘だなんて。というか、オールマイトなんかとやり合ったら命がいくつあっても足りないし。そうじゃなくとも、緑谷くん、かわいそう。
「協力して勝ちにこいよ、お二人さん」
「それじゃ、残りの組み合わせと、対戦する教師を一気に発表するよ!」
「次、蛙吹と常闇がペア、で相手はエクトプラズム。続いて──」
相澤先生から順々に発表されていく対戦相手に、緊張が走る。わたしは一体どの先生と対戦することになるんだろう──。
バクバクと鳴り始めた心臓に、そっと手を当てた。
教師との対戦は、推薦入試での相澤先生以来だ。あの時は、一発でも入れられたらわたしの勝ちだった。でも今回は違う。戦って勝たなきゃいけない。
「──そして、瀬呂と峰田、相手はミッドナイトだ」
「試験の制限時間は30分。君たちの目的は”このハンドカフスを教師に掛ける”or”どちらか一人がステージから脱出する”ことさ!」
ん──?
「先生を捕えるか、脱出するか……なんか戦闘訓練と似てんな」
「本当に逃げてもいいんですか?」
「うん!」
上鳴くんと三奈ちゃんの問いかけに答える校長先生。……いや、いやいや。ちょい待ち。
「とは言え、戦闘訓練とはワケが違うからな! 相手は〜、ちょ──格上!」
「核、上……? イメージないんスけど……」
「Dammit!Hey girl, watch your mouth! huh!?」
マイク先生は、格上ね。うんうん。……それで?
「今回は極めて実践に近い状況での試験。僕らをヴィランそのものだと考えてください」
「会敵したと仮定し、そこで戦い勝てるならそれで良し。だが……」
「実力差が大き過ぎる場合、逃げて応援を呼んだ方が賢明。轟、飯田、緑谷、お前らはよくわかってるはずだ」
ええ、ええ。その三人はよくわかってるでしょうよ。……で、わたしは?
「君らの判断力が試される! けど、こんなの逃げの一択じゃね? って思っちゃいますよねー。そこで私たち、サポート科にこんなの作ってもらいました! 超圧縮おーもーりー!! 体重の約半分の重量を装着する。ハンデってやつさ。古典だが動き辛いし体力は削られる」
「戦闘を視野に入れされるためか。ナメてんな」
「ハッハッハ! ……どうかな?」
おもりがハンデね。……うん。いや、そうじゃなくてさ!!
「あのっ!!!」
突然の叫びに、隣に立つお茶子ちゃんが飛び跳ねた。ごめん、お茶子ちゃん。でも、わたし言わなくちゃ。だって──
「……わたし、呼ばれてない、です」
酷い。そんなことある? 忘れられた? 存在感薄い?
自分のうわずった声で、顔がさらに熱をもつ。両の拳をぎゅっと握りしめた。
「……あー、苗字、お前は面倒だから最後に回す」
「え!?」
「ちなみに対戦相手はエクトプラズムだ。準備しておけ」
「ちょっと、え、パートナーは誰ですか? ……もしかして、また残った元気な人、とか?」
「……そこは状況を見て判断する」
え、わたしだけ雑。ひどっ!
思わずすり足で下がった。何を言われているのかよくわからない。その特別扱いは、全然嬉しくない。
しかし相澤先生は、慄くわたしをお構いなしに皆の方へと向き直った。
「よし。チームごとに用意したステージで、一戦目から順番に演習試験を始める。砂藤、切島、用意しろ」
「「はい!」」
「出番がまだの者は試験を見学するなり、チームで作戦を相談するなり、好きにしろ。以上だ」
こうして、わたしたちの鬼畜すぎる演習試験が幕を上げた。
ずかずかと勇足でやってきたモニタールームには、リカバリーガールが座っていた。激務を予期した背中は、気のせいか、すでに疲れが見てとれる。いや、そんなことよりも!
「リカバリーガール、聞いてくださいよ! 酷いんですよっ、相澤先生!! ……って、緑谷くん」
「あ、おつかれ! 苗字さん」
「ねえ、さっきの酷いよね!? わたしだけ完全に仲間外れだったよね!?」
「そ、そうだね! ……21人だから誰かが二巡しなきゃいけないワケだけど、演習試験が2回ってなると誰が2回出れそうかは、先生たちでも予測するのが難しいのかも……」
「そうだけどさぁ! わたしだって事前にチームで相談とかしたいのに……てか! いっつも! わたしだけ! 仲間外れ! 後回し!」
怒りを通し越したわたしのボルテージで、緑谷くんは冷や汗を流している。別に緑谷くんに当たってるわけじゃないんだけど。でもこれは、わたしの中でもなかなかの沸点をぶち抜く案件だ。
「あれ、デクくんと名前ちゃんも見学?」
「あ、うん!」
「お茶子ちゃーん……」
「あちゃー。荒れてそうやなと思っとったけど、やっぱりかぁ〜」
「いっつも! わたしだけ! 仲間外れなの! なんで!……うー、よしよしして」
「はいはい、いい子いい子!」
わたしよりも身長の低いお茶子ちゃんが、抱え込むようにぎゅっと手を伸ばして、頭をなでてくれた。たぎった血が脳みそから流れ出して、フラストレーションが静けさを取り戻していく。
「はぁ〜……お茶子ちゃんのよしよしは柔らかさがあって好きだなぁ〜」
「アンタ、沸点が下がるの早いさね」
巨大モニターの向こうでは、一戦目の切島くんと砂藤くんがスタンバイしている。相手はセメントス先生だ。それが終われば、二戦目は梅雨ちゃんと踏影くんチーム。わたしの対戦相手でもあるエクトプラズム先生とだ。自分は最後だから十一戦目。となると、今から数時間は掛かるだろう。
壁掛けの時計を一瞥し、はあ、とため息が漏れた。
隣では緑谷くんが真剣な面持ちでノートを広げている。どこまでも真面目だなぁ、と横目に見やる。こんな狭っくるしいところに、何時間も待ってられるか。こっちは二戦目を見学し終えたら、外の空気でも吸いに行こう。
わたしは陽の届かないモニタールームに、いつかの閉塞感に似た息苦しさを感じていた。