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いざ、林間合宿へ

「先生、お隣いいですか?」

 わたしがそう言うと、相澤先生は少しだけ眉をひそめた。 

「……なんでここに座る。あいつらと座ればいいだろ」

 そう言われて見渡すと、バスの中にはクラスメイトたちがきれいに収まっていた。

「このクラス二十一人なんです」
「知ってる」
「隣がいないとさみしいです」
「はあ、好きにしろ」

 林間合宿に向かうバスの中、わたしは相澤先生の隣りに座った。
〝がたいのいい〟先生と翼の大きなわたしとではバスのシートはちょっぴり狭いけれど、ひとりで寂しく座るよりはずっとマシだ。
 本当は一番後ろのシートが空いているけれど、秘密にしておこう。

「失礼しまーす」

 むぎゅっと収まった翼が先生の左半身に触れると、バスは動き始めた。さあ、林間合宿のはじまりだ!

 

「お前ら!一時間後に一回バスを停車させる。その後しばらくは──」

 ガヤガヤとうるさいバスの中は、みんなの騒ぎ声に溢れて先生の掛け声を掻き消す。

「はあ……まあいいか。ワイワイできるのも今の内だけだ」
「そんなに過酷なんですか? 今回の合宿」
「まあな」
「それじゃあ、わたしお昼寝しとこうかな」
「……お前、マジでなんでここに座った」

 もちろん、ここに座った意味ならある。体を丸めて縮こまり、翼越しに先生の肩にちょんと頭を傾けた。

「おい」
「すぅ~、すぅ~」
「邪魔だ」
「わたし昨日お兄ちゃんと鍛錬して、とっても疲れてるんです。ちょっと肩かりるくらいいいじゃないですか」

 昨日、いつものごとく突然やってきた兄はしばらく我が家に滞在した後、わたしを公安の訓練施設へと連れ立った。本当は一緒に美味しいものを食べにいくつもりだったんだろうけど、家のベランダに〝あるもの〟を見つけてから機嫌を損ねてしまったのだ。

「アイツ、またこっちに来てたのか」

 手元の資料に目を通しながらも、先生はなんだかんだ会話を続けてくれる。

「はい。自分の手を離れた妹が心配なんですよ。それがちょっとだけ過剰なんです」
「相変わらずだな」
「ベランダに干してた水着見て、誰と行ったんだってうるさくて。説明するのに苦労しました」
「それは自業自得だろ」

 自業自得って──まあ、確かに先生を説得したのはわたしなんだけどさ。

『これ、何?』
『なにって、水着だよ』
『……やけん、なんで水着が干してあると?』

 その後はどんどん詰問が険しくなっていって、最終的に鍛錬場に連れて行かれた始末だ。でもいつもより不貞腐れた様子のお兄ちゃんが、ちょっぴり可愛いなと思ったのも事実で。もしかしたら子離れできない親ってこんな感じなのかもしれない。

「過保護な兄を持つと大変です」

 口ではそう言いつつもわたしの顔が綻んでいることを、たぶん先生は気づいているんだろう。

「そうか。……幸せ者だな」

 そう小さく呟いた先生の肩は、やっぱりお日様のにおいがして心地いい。

 

 それからしばらくして、バスは何もない休憩所らしき場所に停車した。都会から切り離された景色が目に優しく、森に囲まれた空気はおいしい。

 みんなでバスから降りて凝り固まった体を伸ばしていると、近くに停まっていた黒い車から、猫のような格好をした女性がふたりと幼い男の子が現れた。

「よーう、イレイザー」
「ご無沙汰してます」

 相澤先生が頭を下げる。女性の風貌からして、おそらくヒーローだろう。

「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」
「今回お世話になるプロヒーロー〝プッシーキャッツ〟のみなさんだ」

 華々しいご登場にパチパチと拍手を送っていると、緑谷くんが饒舌に彼女らの解説をはじめた。さすがヒーローマニア! 彼女たちは山岳救助を得意とするベテランのプロヒーローらしい。

「お前ら、挨拶しろ」
「「「よろしくお願いします!!!」」」
「ここら一帯は私たちの所有地なんだけどね。あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね」
「「遠っ!!!」」

 指さされた先は森に囲まれていて、いまいち施設が見えない。ザワザワとみんなの不安が募りはじめた。

「今は午前九時三十分。早ければ~、十二時前後かしら?」
「ダメだ! 戻ろう!」

 切島くんの掛け声を皮切りに、みんながダッシュでバスに戻りはじめる──が、すでに手遅れだった。

「十二時半までかかったキティはお昼抜きね~!」
「悪いが諸君。合宿はもう始まってる」

 次の瞬間、突然地面の土が盛り上がり、みんながガードレールの外へと投げ出された。反射で土を避けて空へと舞い上がったが、浴びせられた土のせいでせっかく洗ってきた白いシャツが汚れてしまった。

「私有地につき〝個性〟の使用は自由だよ! 今から三時間、自分の足で施設までおいでませ~! この魔獣の森を抜けて!」

 上から見下ろすと、わたしたち生徒の数十倍も大きな魔獣が森の中を闊歩していた。ちょうど峰田くんが襲われている。助けに行こうとした瞬間、バスの方から声がかかった。

「おい、苗字。お前もちゃんと戦えよ」
「ひどい! わたしそんな薄情じゃないですよ」

 今だって、まさに助けに行こうとしてたのに!

 意地悪な先生の言葉に〝べーっ〟と舌で返して、みんなの後を追いかける。途中で空飛ぶ魔獣が見えて、ターゲットを切り替えた。

 まあ、あの時は強気に返したけれど──。

 午後五時二十分。宿泊施設に着く頃には、なんでひとりで飛んでいかなかったんだろうと酷く後悔するほどには疲労困憊していたのだった。


 ポイポイと服を脱いで一目散に大浴場へと駆けてゆく三奈ちゃんの後ろで、わたしの手は一向に進みが悪い。
 誰かと一緒にお風呂に入るなんて初めてだから、少しだけ、緊張する──いや、少しじゃない。さっきからずっと心臓がうるさい。

 みんなは気にしてないのか、ホイホイと汚れた制服を脱ぎ捨てて籠に入れていく。それを横目で覗き見るようにチラチラと確認しながら、わたしはようやくブラウスとスカートを脱ぎ終わったところだった。

「名前」
「ひぇっ! え、あっ、なに? 響香」
「名前さ、女子の着替えに一人だけ混じった男子みたくなってる」
「え……えっ!? そ、そう?」
「ウチも裸の付き合いは恥ずかしいなって思ってたけどさ、名前見たらなんか笑えてきちゃったよ」
「うぅ、ひどい……」

 前をタオルで隠しながら響香がクスクスとわたしを笑った。よく見たら他のみんなはもう全部脱いでしまっていて、わたしのことを微笑ましい顔で見守っている。

「だって……友達とお風呂入るのとか初めてで、恥ずかしいんだもん……」

 下着姿でもじもじしていると、梅雨ちゃんが近づいてきた。

「名前ちゃん、気にすることないわ。とってもすてきな体よ」
「つ、梅雨ちゃん。そう言われると余計に脱ぎづらいよ……」
「ケロっ?」

 大きな翼で体を覆うと、今度は透ちゃんの笑い声が近くで聞こえた。背後から何かがムギュッと抱きつく。

「わっ! と、透ちゃんっ?」
「恥ずかしがり屋さんは~、こうだっ!」

 パチン、とブラジャーのホックが外された。

「きゃあっ!」

 背中から腕らしき感触が回り込んで、むにゅっとやわらかい何かが体に巻きつく。
 結局わたしはみんなに囲まれながら、あっという間に一糸まとわぬ姿に剥かれてしまったのだった。

 

「ふは~、きもちぃ~」

「最高や~」

 限界まで疲れた後の、温泉ってさいこぅ~。

 硫黄がほのかに香る湯気の中、お茶子ちゃんの隣りで温泉に浸かっていると、近くの木に停まっているカラスが「カー」と鳴いた。
 なにやらさっきから、男子側の浴場がガヤガヤとうるさい。

「どうしたんやろ。なんかあったんかな?」

 その時、カラスが〝ブドウ、キケン!〟と叫んだ。まさか──!

 瞬時にお湯の中へと肩を沈める。すると次の瞬間、浴場を隔てる壁の上にぴょこんと男の子の頭が現れた。その子が何かを叩き落とした姿が見えて、すーっと背筋が凍る。

「え、もしかして……」
「やっぱり峰田ちゃんサンテーね」

 梅雨ちゃんが静かにボヤく中、三奈ちゃんが大声で叫んだ。

「ありがと、洸汰くーん!」

 前々から注意してはいたが、まさかここまでだったとは──。
 ありえない! この〝性欲の権化〟め!

──カーッ! カーッ! カーッ!

 カラスがわたしを追い立てている。

──〝アイツ、キケン! 成敗!〟

──うん、いいよ。やっちゃって。

──カーッ! カーッ! カーッ! カーッ! カーッ! カーッ!

 わたしの声を合図に、一匹のカラスが大声で鳴きはじめた。その鳴き声に誘われるように、夜空に黒い影が集まりはじめる。

 それらが男子の浴場の上空をゆっくりと覆ってゆく。また壁の向こうが騒がしくなった。

「……もう、知らないんだから」

 お湯の中に、ぽちゃんと顔を沈める。
 峰田くんも峰田くんだけど、彼の愚行を止められなかった他の男子にも責任があるよね──?

「「「ぎゃあああああ!!!」」」

 男子たちの叫び声が、折り重なって満点の星空に響いてゆく。

 やっぱり、お兄ちゃんの言った通りだ──男の子はみんな〝狼〟なんだと、わたしはこのとき改めて強く実感したのだった。

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