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五十六、束の間の女子会

『人より色々できるってことは、それだけ能力を伸ばせるってことだ。頑張れ』
 
 許容量増加のために、ひたすら矢を創造する訓練。
 矢の飛距離を伸ばすために、飛びながら遠くの的を射る訓練。
 一匹のカラスを遠くまで操る訓練。
 大量のカラスを一度に操る訓練。
 瞬発力アップのために、クラスメイトの攻撃から逃げ続ける訓練。
 加えて、筋トレ筋トレ筋トレ──。
 
「わたしだけやること多すぎ!!!」
 
 心なしか翼のボリュームが減った気がする。
 それもそうだろう。こんなに大量に羽を使ったのは、人生で初めてのことだ。
 
 森の中に散らばった的をすべて射終えて相澤先生のいる開始地点に戻るさなか、わたしは疲労困憊した体でフラフラと力なく空を飛んでいた。
 
「ああーーーーーーー!!!!!!」
「わっ!」
 
 突然近くから大きな叫び声が上がって下を見ると、クラスメイトが岩の上にポツンと取り残されている。その姿を確認して、ゆっくりと下降した。
 
「口田くん、おつかれさま〜」
「あ、苗字さん、おつかれさまー!」
 
 いつもよりハツラツとした声で彼が手を振る。
 わたしはヨロヨロと近くに降り立って、そのまま地べたに座り込んだ。体の筋肉が一気に弛緩して、もう立ち上がれそうにない。
 
「はあ〜〜」
「ふふふ、苗字さんもお疲れみたいだね」
「疲れた〜。しかも今日はなんだか調子出ないんだよね〜」
 
 なぜか今日は昨日に比べてカラスの集まりも悪かったし、体の動きも鈍い気がする。疲れて注意力が散漫になっているのか、カラスにうまく気持ちが伝わらない感じだ。
 
「二日目だから疲労が溜まってるのかな?」
「う〜ん、疲労も溜まってるけど……なんていうか、気が散っちゃう感じ」
「そっかぁ。その気持ち、少しわかるな。僕も雄英に残してきた子たちがちゃんとご飯食べてるかなって気掛かりで」
 
 口田くんは生きとし生けるものすべてにフレンドリーだ。彼が家で飼っている子たちはもちろんのこと、雄英の広大な森で野放しになっている動物たちもまた例外なく。彼らに特製のフードを与えている姿をよく見かけるから、そのことを言っているのだとすぐにわかった。
 カラスたちも彼にはよく懐いているし、本当にやさしい個性だなと思う。
 
 口田くんは、最初こそ敬語が抜けなかったけれど、一緒に餌やりに付き合ったりしているうちに段々と打ち解けて、最近ようやく敬語が取れたところだ。
 
「口田くんは、しばらく発声練習?」
「うん。僕の場合は操れる数に制限がないから、より広範囲に声を届けられるようにならなくちゃいけないんだ」
「なるほど」
「苗字さんは操れるカラスの数に制限はあるの?」
「わたしの場合は近くにいれば大抵大丈夫かな。といってもカラスって普段はそんなに群れないから一箇所に集まってる方が珍しいかも。だから正確には把握できてなくて」
「そうなんだ。個性によって課題はいろいろだね」
「ほんとだね〜」
 
 ほのぼのとした空気が流れて、ゆっくりと深呼吸した。
 普通に過ごしていれば、ここは雄大な森の中。
 マイナスイオンを感じる空気を吸いながら、このままごろんと横になって日向ぼっこをしたらどんなに気持ちいいことだろう、とそっと目を閉じる。──って、いけない。
 彼と話していると時間の経過がおかしくなる。つい長話をしてしまった、と重い腰を上げた。
 
「じゃあひと休みしたし、そろそろ行こうかな。あんまり遅いと先生にメニュー追加されちゃうから」
「それは大変だね」
 
 バサリと翼を広げて、空へと飛び立つ。
 
「口田くんありがとう。いい息抜きになった」
「僕もだよ。お互いに頑張ろうね!」
 
 いつもは小さい彼の声が天高く響いて、飛び上がった翼がその声の心地よさにビリリと震えた。


 夕方になって二日目の夕食どきを迎えたが、どうやら今日からは自分たちで調理しなければならないらしい。ガックリと肩を落とすクラスメイトたちは、今日も今日とて見るも無惨な姿になっていた。
 
「世界一旨いカレーを作ろう! みんな!」
 
 飯田くんの掛け声を皮切りに、みなが重い腰を上げて夕食作りに取りかかる。できれば火元よりも調理担当がいいなと思っていたら、梅雨ちゃんが背後からひょこりと現れた。
 
「ケロ、火起こしの人数は足りてそうね。名前ちゃん、私たちは野菜の皮むきを手伝いに行きましょう」
「うん!」
 
 わたしも火の近くで作業するよりは、野菜の皮むきの方が得意だ。
 梅雨ちゃんが周りを見渡して、近くのテーブルで作業していた女の子たちに声をかけた。
 
「ケロ。お野菜の皮むき、私たちもお手伝いしていいかしら?」
 
 その面々に、少しだけどきりとする。彼女が話しかけたのは、度々接点はあれどまだ一度も話したことのないB組の女子たちだった。
 少しだけ緊張しながら、梅雨ちゃんの後を追う。
 
「わたしも、いいかな?」
 
 三人の女の子が勢いよく顔を上げた。
 
「おお、A組の! 頼むよ」
「お手伝い助かるノコ!」
「うん」
 
 彼女たちが座るテーブルには、大きなボウルがいくつも置かれている。その中に山積みにされた野菜たちは、まだ手付かずのものも多い。
 二組合わせて四十一名もいるし、中には大喰らいが何人もいる。野菜の皮むきが一番大変な仕事であることは誰の目にも明らかだった。
 
「どうぞ、座って座って」
 
 ギザ歯の女の子に促されて、二人で空いた席に腰掛けた。
 
「こうやってゆっくり話すのは初めてだな。わたしは取蔭切奈。よろしく!」
「小森希乃子、よろしくノコ」
「柳レイ子。よろしく」
「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」
「苗字名前です。わたしもよかったら名前で呼んでほしいな」
「じゃあ、梅雨ちゃんと名前な」
「うん! えっと……切奈ちゃんと、希乃子ちゃんと、レイ子ちゃん?」
 
 思い切って下の名前で呼んでみると、三人が笑顔で頷いてくれて安心した。
 それからは手元でじゃがいもの皮を向きながら、わたしたちは普通の女子高生のように訓練の苦労を語りながら笑い合った。
 
 切奈ちゃんはちょっぴりギャルっぽいけど、初対面なのにとっても話しやすい。希乃子ちゃんは見た目も話し方も愛らしくて、とってもキュート。レイ子ちゃんは口数は少ないけど、その分ミステリアスな雰囲気があって、いい意味でとても同級生には見えない。
 
 女の子が集まると、華やかだなぁ。
 
 A組とB組のみんなで女子会とかしたらきっと楽しいだろうな、なんて思いを馳せていると切那ちゃんが身を乗り出して話題を切り出した。
 
「名前といえば、体育祭の爆豪戦すごかったよな」
「うん。わたしも見てた」
「すごかったノコ! カラスさんがいっぱいだったノコ!」
 
 打ち解けたとはいえ、急に褒められるとひどく照れくさい。
 肩をすくめて視線を伏せた。
 
「あ、あれは念入りに準備してたからで……それに、結局負けちゃったし」
「でもでも! かなり惜しかったノコ!」
「そ、そうかな?」
 
 視線を上げると、うんうん、とレイ子ちゃんが頷いている。
 
 そんな風に言われるとやっぱり嬉しい。あのときの作戦は誰にも相談せずに自分で編み出したものだから、余計に頬がゆるんだ。
 
「惜しくねーわ、ボケ」
 
 突然後ろから小さくないボヤきが聞こえて、みんなで振り返る。
 
「あら、爆豪ちゃん」
 
 背後にはレンガを手にした爆豪くんが立っていた。
 あれ。なぜ、レンガ──?
 
「お、噂をすればA組の問題児じゃん」
「あ゛ぁ? 誰が問題児だコラ!」
「ちょっと、やめてよ爆豪くん。というか、そのレンガどうしたの?」
「チッ……アイツらが火つけろってうるせェからだ」
 
 彼が親指で指した炊事場の一部が真っ黒に焼け焦げている。その近くで瀬呂くんが苦笑いをしながらこちらに手を振っていた。
 
「まさか、もう壊したの……?」
「……」
「ハハハ! やっぱり問題児じゃねぇーか!」 
「ンア!?」
 
 切奈ちゃんとはほとんど初対面のはずなのに遠慮なくガンを飛ばす彼は、相変わらず人との距離感が謎だ。
 
「だから切奈ちゃんに突っかかるのやめてってば、爆豪くん。そんなにすぐ怒ってたらA組の品性が問われちゃうよ」
「んあ゛!? テメェ誰に向かって品性説いとんじゃ、有り余っとるわ!」
 
 切奈ちゃんの笑いがアハハからガハハにグレードアップしたとき、爆豪くんの後ろから轟くんがひょっこりと顔を出した。
 
「すげえな爆豪、それで品良くしてるつもりだったのか」
「うるせェ! 話に入ってくんじゃねェ、半分野郎!」
「悪ィ。でも野菜の皮剥いてもらわなきゃこっちは何もできねぇだろ。爆豪が邪魔してるように見えたんだ」
「野菜の皮なんか喋りながらできるだろうが!」
「そうなのか。俺はできねぇ」
「ハッ、ザコが!」
「そういえば爆豪、あれ直さねェとお前は飯抜きだって相澤先生が言ってたぞ」
「アァ!? てめェ、チクってんじゃねェーよ!」
「いや、俺はチクってねぇ」
 
 仲が良いのか悪いのか。二人はガヤガヤと──どちらかと言うと爆豪くんが一方的に罵声を浴びせながら──炊事場の方へと去っていった。
 
「なあ、いつもあんななのか?」
「ケロケロ、日常茶飯事ね」
「うん。これでも最近は落ち着いてきた方なんだけど……」
 
 苦笑いで返すと、切奈ちゃんが目を見開いた。
 
「へえ〜。物間とはまた違ったタイプの問題児だな、ありゃ」
「物間くん?」
「ああ。ほら、アイツだよ」
 
 指さされた先にはヒステリックな高笑いを上げながら切島くんたちに絡んでいる男の子がいた。
 たしか彼は、体育祭でニヒルな笑みを浮かべていたイケメンくんだ。
 静かにしていれば見目も整っているし、髪色も薄いからどこかの国の王子様みたいに見えなくもないのに、なぜかその表情がすべてを台無しにしている気がする。
 
「性格に難ありノコ」
 
 その言葉で、昨日バスに乗り込むときも拳藤さんに気絶させられていたのを思い出した。
 
「物間くんは、どういうタイプの問題児なの?」
 
 わたしからの質問に三人が顔をしかめて声を唸らせる。
 彼女らの気持ちを総評するように、レイ子ちゃんが重たい口を開いた。
 
「物間はなんていうか……残念」
 
 残念とは、これはまた。
 どうやらB組も、わたしたちA組とは違った方向で手をこまねいているらしいのだと、三人の表情が雄弁に語っていたのだった。


「拳藤だけど、ちょっといいかな?」
 
 夕飯を食べ終えた後の自由時間。B組の女子がやってきたのは、わたしたちA組女子がのんびりと部屋で寛いでいるときだった。
 
『うちに〝性欲の権化〟がいるからお風呂の時間は気をつけて』という私たちからの助言が功を奏したようで、彼女たち──拳藤さん、小大さん、塩崎さん、そしてレイ子ちゃんの四人がそのお礼にやってきたのだ。
 
 そこで三奈ちゃんが補習に行くまでの間、円陣を組んでの合同お菓子パーティーが始まった。
 こんな大勢での女子会なんて、愉快にならずにはいられない。
 
「女子会といえば……恋バナでしょ!」
 
 透ちゃんの言葉に、女子たちのテンションが一気に上がる。
 
「そうだ、恋バナだ! 女子会っぽい!」
「うわぁ〜」
「恋ねぇ」
 
 盛り上がる三奈ちゃんに、ほんのり顔を赤らめるお茶子ちゃんと梅雨ちゃん。
 
「そんなっ、結婚前ですのに……!」
「そのとおりですわ。そもそも結婚というのは神の御前での約束で……」
 
 戸惑いつつもワクワクを隠せていない百ちゃんに、慈愛に満ちた塩崎さんが答えている。
 
「えー……」
「ああ、そういうノリか」
 
 戸惑う響香に、苦笑いの拳藤さん。その隣の小大さんとレイ子ちゃんは反応が薄く、少しポカンとしていた。
 
 みんな、恋とかしてるのかな──?
 
 車座になったみんなの顔を見回して、わたしは少しだけ一歩引いたような気持ちになった。
 女子会で、しかも恋バナだ。聞いただけで心は踊るけれど、わたし自身に提供できるようなネタがあるかと言われるとそうではない。
 人生でこの方、恋愛なんて一度もしたことはない。
 
「それじゃ、付き合ってる人がいる人ー!」
 
 言い出しっぺの透ちゃんが音頭を取るように話題を振った。
 他にも「好きな人はいないの?」とか、「キュンキュンしたい!」といった声は上がれど、答えられるような人はこの中にはいないようだった。
 
「はいはーい! それじゃ、私からひとついいですかー!」
 
 みんなが考え込んだり頷いたりする中、三奈ちゃんが高く手を上げる。
 
「ズバリ! 名前は爆豪のことどう思ってんの〜?」
「え、わたし?」
 
 急に話を振られて、肩が跳ねる。みんなが一斉にわたしを見た。
 しかも今、爆豪くんって言った?
 
「もしくは轟!」
「え、轟くん?」
 
 あまりにも突拍子もない質問に、ついオウム返しをしてしまう。
 
「だって二人とも仲いいじゃん。爆豪とは最初からよく話してるしさ、それに轟とは最初すんごい険悪ムードだったのにいつの間にか仲良くなってるし」
「えー、そんなのみんなと変わらないよ」
 
 顔の前で手を振るが、三奈ちゃんは「怪しい〜」といって身を乗り出している。こればかりは本当に身に覚えがない。
 
「たしかに……爆豪くんは名前ちゃんと話すとき、ウチらとはちょっとちゃう気がするなぁ」
「えー、お茶子ちゃんまで! 全然そんなんじゃないのに!」
「それに関してはウチもちょっと気になってたー。あと普通に常闇も怪しい」
 
 まさかのお茶子ちゃんからの裏切りに、響香からの追撃。
 二人共、ひどい。ジーっとみんなに見つめられて、羞恥で表情が固くなる。
 
 本当に何も無いのに!
 
「そもそもクラスの男の子を恋愛対象として見たことないよ」
「じゃあ、名前ちゃんはどんな男の子がタイプなの?」
 
 透ちゃんからの質問に、首を捻った。
 
「タイプとか……そんなのよくわかんない」
「イケメンがいいとか、優しい人がいいとか〜」
「うーん、あんまりピンとこない……」
 
 もしかして〝イケメン〟と〝優しい〟は定番のモテ要素なのだろうか。
 
 わたしの周りでモテるといえば、お兄ちゃんくらいだ。バレンタインの時期になると両手いっぱいの袋にチョコをもらってきている。
 確かにお兄ちゃんは見目も良いし、優しい。
 でも正直それはわたしにとって〝尊敬すべきお兄ちゃん〟の要素で、男の人として絶対かと言われるとそうではない気がする。
 
 むしろ、もし好きになるとしたら──。
 
「しいて言うなら、自分より強い人がいいかな」
「それは、なかなか難しいですわね……」
 
 今度は百ちゃんが頭を捻った。
 
「逆に『俺についてこい』的な男気あふれる感じとかどう? あとはガタイがいいとか──」
 
 ガタイがいい──その言葉に、つい先日目撃してしまったある人物の肉体がフラッシュバックする。
 ジリジリと焼けるような真夏の海で、脳裏に焼き付いてしまった裸体が鮮明によみがえる。どうしてか、潮風のにおいが鼻についた。
 
『……苗字?』
 
 やだ、なんでわたし、先生のこと思い出して──。
 
「あ、名前! 顔赤い!」
「ほんとだ、耳も赤い! 本当はなにか隠してるでしょ〜!」
 
 隠すもなにも、ない。
 でも、あれはきっとわたししか見てない。
 
 それに言ったって伝わりっこない、と思った。別に好きとかじゃなくて、本当に筋肉がすごいなって思っただけなのだ。
 それに、体に刻まれた傷が、その、ちょっとだけ男らしいなって思っただけで。普段とのギャップがすごいなって、本当に、ただそれだけで。
 
「……お、教えない」
「「「え〜〜〜!!」」」
 
 女子たちの甘い叫びが、狭い部屋に響き渡った。

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