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五十九、わたしを守るもの

『いい? 家から出るんじゃないよ、この疫病神!』
 
 頭の奥で懐かしい声が聞こえて、意識が浮上した。瞼を開いた、と思う。けれどなぜか視界は真っ暗だった。
 
「あ、れ……ここ……どこ?」
 
 手探りで辺りを触るが何もない。さらに手を伸ばすが、それでも何もない。
 まるで夢の続きにいるようだと思った。暗い部屋に閉じこめられていた頃の、あの続きに。
 
『ほんっと、あんたを産んでから碌なことがないんだから!』
 
 背筋に悪寒がする。外気が流れ込んでいるわけじゃないから、ここはおそらく完全な密室だ。けれどもなぜか、背筋がひやりとした。
 こんなにも完全な暗闇はいつ振りだろうか。
 
「目ェ、覚ましたか」
「っ! その声……もしかして、爆豪くん?」
 
 遠からず近からずの場所から馴染みの声が聞こえて酷く安堵した。はあ、と深く息をつく。そのとき初めて、自分の手が小さく震えていたことに気がついた。
 
「なに悠長に寝とんだ、バカカラス」
「うん、ごめん」
「ケッ……んで、テメェは怪我してねェんか」
 
 そう言われて、意識を失う前のことを思い返した。
 瞬きほどの一瞬の間に、おそらく背後から襲われたと思う。首に衝撃が走って、次の瞬間には気絶していた。
 こういってはなんだが、連れ去られたにしては本当に呆気なかった。
 
「うん、してないと思う」
「……そうかよ」
「爆豪くんは?」
「ンな、ヤワじゃねぇ」
「そっか……うん、よかった」
 
 いや、全然良くはないのだけど──。
 
 だってわたしたちがここに居るということは、おそらく敵側の目的である二人が同時に攫われたことになる。当事者として責任を感じずにはいられない。ましてやわたしは独断専行してしまっていることもあって、なおさら胸が痛んだ。
 
「捕まっちゃったね……」
「……」
 
 無言を返す彼も、きっと不本意に違いなかった。
 
「閉じ込められたってことは、いずれ出されるっつーことだ」
「え?」
「おそらく今は、何らかの個性で閉じ込められてる。爆破は使えるが、さっき試したら完全に密室だった。……無闇に使えねぇ」
「そんな……」
「そっちはどうだ」
 
 そう言われて羽を一枚もぎると、弓矢を出すことができた。爆豪くんの声とは逆方向へと放つと、すぐさまコツンッと音がして、この空間が存外広くないことがわかる。
 しかし肝心のカラスとの念話はからきしだった。いつもならば閉じ込められていたとて念話はできるはずだ。なのにどうしてか、彼らとの繋がりが遠く感じるばかりで、一向に応答がない。
 まるでそう、自分の存在が小さくなってしまったような感覚だった。
 爆豪くんにありのままを伝えると、やっぱりか、と返された。
 
「そもそも俺たちは別々に閉じ込められてた。それが確認かなんかで一度出されて、ンで敵も焦ってたんだろ、その後テメェと同じ空間に入れられた」
「え、爆豪くん、一度出されたの?」
「ああ。ちなみにテメェも出されたが気ィ失ってた」
「そう、なんだ……私、本当になんにも覚えてなくて……」
「おそらくテメェがカラスを操作できることが敵側にバレてんだろ。体育祭の中継でも流れてたしな。ンで、居場所を隠すためにテメェだけ先に眠らされた。俺ァ意識を保ったまま閉じ込められたからな」
「……なるほど」
 
 冷静な分析に脱帽する。こんな状況なのに、彼はまったく物怖じしていない。わたしとは正反対だ。
 
「これからどうなるんだろう……」
「ンなの知ったこっちゃねぇ。こっから出たら全員殺って終いだ。テメェは俺から離れんじゃねェぞ」
「う、うんっ」
 
 力強い言葉に、弱っていた心が奮い立った。
 そうだ、怯えても何もはじまらない。まずはここから出された後のことを考えなくては。
 とは言ったものの、出された先でどんな個性の敵が待っているとも知れない。対策の練りようなんであるんだろうか。
 
「そういえば爆豪くん、どこにいるの?」
「アァ? ずっとここに居んだろうが」
「だから、えっと……あ」
 
 声のする方に手を伸ばすと、とんと何かに触れた。布のような手触りがする。少し下がると、腕なのか、皮膚の感触がした。
 
「うん、いた。……よかった、」
 
 一人じゃなくて、と言い掛けて思わず口を紡ぐ。光すら届かない暗闇で、彼の声と腕のぬくもりだけが唯一の頼りに思えた。
 
「……怖ぇんか」
「え?」
「震えてんだろ、さっきから」
 
 そう言われて、驚くと共に思わず手を引っ込めた。すぐさま後悔がよぎる。またしても真っ暗闇がわたしを取り囲んだ。
 本当に、情けない。
 闇に紛れるためのコスチュームで、そうするべき個性を持ち合わせておいて、なのに当の本人は暗闇が苦手だなんて、そんなの笑える。
 でも、こればかりは、どうにも無理なのだ。克服しようと今まで努力もしたけれど、どうしたって昔の記憶が蘇って手の震えが収まらない。今となっては半分諦めてしまっている節もある。
 小さく震える拳を、ぎゅっと握りしめて口を開いた。
 
「もし、爆豪くんが……その……嫌じゃなければ……少しだけ、触れててもいいかな……その、」
 
 服の袖でいいから──。
 
「……好きにしろ」
 
 そう言われて、また心に安寧が戻った。
 手を伸ばす。あるはずの場所に彼の袖が見つからなくて、手が空振る。
 
「あ、あれ……?」
 
 手探りしていると、パシンと何かに触れた。指の先に何かが絡みつく。触れたものを認識して、頬がカッと熱くなった。そのまま繋がったふたつの手は、ゆっくりと地面に降りて、互いの熱を交換しはじめる。
 
「……ありがとう、爆豪くん」
 
 感謝を伝えても、やっぱり彼は無言のままで。けれど勘違いじゃないぬくもりが、真っ暗な闇の中で、たしかに私を守っていた。

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