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六、不思議な魅力の持ち主

 雄英高校ヒーロー科のカリキュラムは午前が必修科目、国・数・英などの普通の授業だ。お昼を挟んで午後からは、週に二回、実習や演習が組み込まれている。今からはまさにその実技演習だ。

「オールマイト、筋骨隆々やった~~」
「それ!  生オールマイト迫力ヤバい!」

 女子更衣室の真ん中で、お茶子ちゃんと三奈ちゃんがわたしを挟んで熱く語り合っている。
 生オールマイト、たしかにヤバかった。テレビで見るのとは格段に画風の異なるナンバーワンヒーローの姿に、圧倒されつつもみんなが胸を躍らせていた。

 そしてわたしたちの手には真新しいコスチュームの入ったアタッシュケースが握られている。入学二日目にして、初めての戦闘訓練、初めてのコスチューム。こちらにも胸が躍らない人はいないだろう。
 かくいうわたしも、入学前に提出した要望書にて機能面を細かく指定したこともあり、できあがりをとっても楽しみにしていた。

 ちなみに、提出した要望は主に三つある。

 一つは暗闇に紛れて活動できるように配色を黒に限定すること。
 二つ目は弓矢での攻撃に影響が無いように腕の防護は極力少なく、逆に脚には蹴りを強化できる軽量重視のサポートアイテムを付属すること。
 そして最後に、身体のラインに沿った伸縮素材の全身レオタードを素地とすること。風の抵抗を極限まで減らすためだ。

 さて、どんな仕上がりになってるかな──。

 手汗をキャミソールでさっと拭いて、唇の端をぺろりと舐める。〝21〟と書かれたアタッシュケースを開けた。

「わ~~!」

 折り畳まれた黒いロングブーツは、膝上まであるのに手に取ると驚くほど軽い。そして頑丈だ。
 胴体部分は要望通りの黒い伸縮素材で、首から足先まで一枚つなぎになっている。しかも翼を考慮してか、背中部分には翼を通す穴と別にファスナーがついており、ひとりで着脱しやすい作りに修正されていた。
 すごい、イメージ通りだ!  と思ったのも束の間。なんだろう。少し変な感じがする。

 ん──?

 素地は無地のレオタードと書いたはずだが、目を凝らすと胸元から腰にかけて暗い色でなにやら模様が入っている。サポート事務所のデザイナーさんが勝手に施してくれたのだろうか。要望書には書いていなかったはずだが。
 更によく目を凝らすと、それが〝こちら側〟から申請したものだと判った。虚を突かれたような驚きに頭を抱える。

 くそッ、やられた──!

 犯人には、心当たりしかない。
 むむむと眉間に皺を寄せていると、右隣から「えー! 要望ちゃんと書けばよかった、パツパツやあ!」とお茶子ちゃんの馬鹿でかい悲鳴が響いた。まあ、初期コスチュームなんかは案外意図にそぐわないものなのかもしれない。

 仕方ない、わたしも着てみるか。

「どうしよう、これは太れんわ……」

 横からの後悔の声に、百ちゃんのセクシーコスチュームに比べたら幾分もマシだと思うのだが、とは言わないでおいた。


「いいじゃないか、みんな! かっこいいぜ! さあ、はじめようか有精卵ども!」

 胸元の模様「以外」は特に不満もなく、新しいコスチュームはわたしを確実に一歩、ヒーローへと近づけてくれる。 遅れてやって来た緑谷くんとの会話を終えて、お茶子ちゃんがわたしの隣に戻ってきた。

「名前ちゃんのスタイルなら、パツパツも着こなせるのになあ」
「ええっ、お茶子ちゃんこそ似合ってるのに! それにパツパツの方が動きやすいよ」

 腕を回しながら恥ずかしさを誤魔化す。どうやらわたしたちはパツパツ仲間らしい。苦笑いするお茶子ちゃんの後ろから緑谷くんがひょこっと顔を出した。

「わー! 苗字さんは闇に潜む感じですごくカッコいいね! でもその模様、どこかで──」
「え! えー⁉ ほんとー? よくあるデザインだからねえ……」

 とぼけた調子でやり過ごしておいたが、よくあるデザインってなんだ。今晩、絶対に文句の電話入れてやる。

 今回の演習は、屋内対人戦闘訓練だ。二人一組でヒーロー役と敵役に別れて核を取り合うらしい。
 今のところクラスメイトの個性は体力テストでちらりと確認した程度なので、あまり把握してはいない。世の中には個性柄、初見に強いという人もいるはずなので、今回は特に気合を入れて臨みたいところだ。

「さあ、戦闘訓練のお時間だ!」

 説明を始めたオールマイトを見つめていると、教鞭を取る姿にいちいち感動を覚える。テレビの中の人が現実になって目の前にいるのだ。ふわふわとした感情はまるで雲の上にいるみたいに落ち着かない。

 あ、でもカンペ読んでる。かわいい~。

 パートナーを決めるためにクラスメイトが出席番号順にくじを引き始めた。二十一人だから二人一組だと誰かが余るはずだ。またハブは嫌だな、とフラグの立ちそうな気配に首を振る。

 ついにわたしの順番がきた。

「さあ! 苗字少女、残りものに福はあるかな?」

 オールマイトが不自然なほどに笑うので、怪しみながらも箱に手を入れた。その瞬間、ほとんど不穏なというべき胸騒ぎを覚える。

「あれ、なんかくじが入ってないような……」
「あれれ~~? おかしいな~~?」

 どこぞの名探偵ばりの演技力で、オールマイトがあからさまなおとぼけをかました。そのまま太い腕を穴に突っ込むと、箱がボフンッと勢いよく潰れる。いや、たぶん潰された。嫌な予感が上乗せされる。

 腕を引き抜いたオールマイトの手の中には、小さく折り畳まれた紙が握られていた。「さあ!」という声に眉を寄せながらそれ開くと、【大当たり】の文字。ガクッと肩を落とす。

「おめでとう! 当たりを引いたので、君は最終戦で体力の残ってる人とやろうね」

 出席番号の妙な特別扱いが、別の意味を含んでいた。やっぱりか。悔しいので、こっそりウインクしてくるオールマイトにぷうと膨れっ面をお見舞いしてやった。


 一戦目は、緑谷くん・お茶子ちゃん 対 爆豪くん・飯田くんだ。わたしたちは地下のモニタールームに移動し、定点カメラで様子を見守っている。

「爆豪ずっけェ! 奇襲なんて男らしくねェ!」
「緑くん! よく避けれたなァ!」

 個性を使わずに入試一位通過の爆豪くんと渡り合う緑谷くんへ注目が集まっている。

 単純にすごい、と思った。
 個性を使わないのは痛手を負ってしまうからだろうけれど、彼は個性が発現してからずっとそうなのだろうか。だとしたら個性を使わずに戦える方法を学んできたともいえる。終わったら、そこら辺いろいろと聞いてみよう。

 近接戦闘に関しては、先々月かなり苦い経験をしたばかりなので、あれ以来、より入念に鍛錬を積んできたつもりだ。しかしわたしの貧弱な身体ではそもそも打撃に耐えられるはずもなく、毎度怪我して治っての無限ループで終わってしまう。治るからいいやとの甘えも相まって、どうしても遠距離攻撃が主体だ。
 体育祭も近いし、なんとか改善したいとは思っていたのだが。いかんせん、今までは相手が悪かった。わたしにデロデロに甘い兄が相手じゃ、こちらも本気を出すところまでいけない。

 考え込んでいると、突如ビルが大きく揺れた。何事かとモニターへ目を向けると、鉄筋コンクリートの壁にどでかい穴が開いている。興奮した爆豪くんと、慄く緑谷くんが対峙していた。怨恨丸出しの不良少年には、やはり緑谷くんへの個人的な何かがあるようだ。

「爆豪少年、次それやったら強制終了で君らの負けとする」

 オールマイトからの指示で、二人は殴り合いへと絡れ込んでいく。

 しかし一見暴走してそうな爆豪くんの攻撃は微に入り細を穿った爆破で、さすが入試一位の実力というべきか、その才が要所要所にきらりと光っている。ほう、と感心していると背後で氷を身に纏った男の子──轟くんが同じ感想を漏らした。

「考えるタイプに見えねェが、意外と繊細だな。目眩しを兼ねた爆破で軌道変更。そして即座にもう一回……」
「慣性を殺しつつ有効打を加えるには左右の爆発力を微調整しなきゃなりませんしね」
「才能マンだ、才能マン。ヤダヤダ……」

 結果として、緑谷くんの放った一発がビルを突き抜けて、まさかのヒーロー組が勝利を収めた。講評はかなり荒れ模様だったが、わたしは爆豪くんの憤怒と沈着の共存に、不思議な魅力を感じていた。

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