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七、勝利の味を、あなたに
「さて、最後に残っていたのは苗字少女だったか。そうだなあ、まだ体力に余裕のある生徒はいるかい?」
数人が勢いよく手を挙げた。それを見てニヤリとするオールマイト。
「では敵役に轟少年と八百万少女、いけるかい?」
あ、これはわたしの無個性の件、知ってるな──。
入学前のガイダンスでは、オールマイトの姿はなかった。教員就任の話は四月まで伏せられていたようだから、居なくて当然なのだけど。
しかしヒーロー科の教師だから、こちらの秘密が共有されているのは間違いないだろう。しかも推薦入学者を当ててくるあたり、わたしの力試しときている。多分、いや絶対。
「それからヒーロー役は──」
「わたし、爆豪くんと組みたいです」
周りが一斉にわたしの顔を見た。正気か、と隣に立つ赤い髪の男の子が顔を覗き込んでくる。
「ハハハ、ご指名か! いいだろう! ……しかし、爆豪少年はどうかな?」
「……俺は、」
さきほどの戦闘訓練と講評で、彼はすっかり意気消沈の様子だ。それでも、この状況では彼の力が必要だとわたしの勘が告げていた。
彼の前まで歩いて、もう一度はっきりと言葉にする。
「わたし、爆豪くんと組みたいです」
今回の演習用ビルは、北側の壁面がガラス窓の廃墟だ。広間が多く、部屋数は少ない。渡されたビルの見取り図にさらっと目を通す。
轟くんと百ちゃんの個性は先程の訓練でおおむね把握した。どちらも素晴らしい、そして厄介な個性。組み合わせれば殊更だ。
つまり今回の訓練は戦略が肝となる。状況を正確に把握し、なによりも情報戦で優位に立つ必要がある。
その点でいえば、わたしには一つだけ確実に優位性を担保しているものがあった──カラスの〝目〟だ。
「オイ、……ンで俺を指名した」
見取り図に視線を落としたまま、爆豪くんがまるで独り言のようにか細い声で尋ねる。緑谷くんに負けたのがよっぽどショックなのだろう。入学前からの知り合いのようだし、因縁の関係であれば尚のこと、その心中は阿鼻叫喚に違いない。
「……戦闘力とコントロールの繊細さ。あとはさっき負けたから、かな」
「ア゛⁉ テメェ、俺をコケにするために選んだんか!」
ちがうよ、とやわらかく制した。
「頭に血がのぼってる人は、勝てる戦も勝てない。さっきの爆豪くんみたいに。だけど今のあなたは、たぶん負けたくなかった人に負けて、逆にとても落ち着いてる。純粋な戦闘力だけなら、轟くんや百ちゃんと互角に渡り合える。特に轟くんの個性にはわたしじゃなく、あなたが必要だと思って。冷静な爆豪くんは、きっと〝最強〟だよ。だからね──」
彼の眼前に向き直り、少しでも自信を取り戻せるようにと笑顔をつくった。
「わたしが、必ず勝たせてあげる」
開始のゴングとともに、廃墟ビルの壁面が氷で覆われた。事前に話をつけておいた彼は隣で静かに待ち状態だ。それを確認して、わたしはそっと瞼を閉じた。
東西南北に待機させたカラスたちに指示を送る。それとは別に、出入口から数匹を侵入させた。カラスの目を借りることは、操作するよりもずっと容易い。あらゆる方角からの情報がわたしの頭に集約されていく。
北側のガラス窓は特に厚い氷で囲われていた。おそらく翼をもった〝わたし対策〟だろう。しかし室内が見えないほどじゃない。
本来カラスの視力は、人間の数段上なのだ。かくいうわたしも、通常の人間の五倍ほどの視力がある。
「……オイ、いつまで待たせる気だ」
「木こりのジレンマ」
「ア゛?」
「〝もしわたしが木を切る仕事を八時間与えられたなら、その内六時間は斧を研ぐのに使うだろう〟──リンカーンの言葉だよ。もう少し待ってて」
「……チッ」
三分ほど経過しただろうか。状況は概ね掴めた。爆豪くんに見たままを伝える。
「氷で厚く覆われていて中に入れない部屋が二つある、三階と五階フロア──外から確認できるのはその内の一室、五階北側の窓に面した部屋、A室としよう。何かを囲ったようなコンテナと百ちゃ……八百万さん。あと、うっすら轟くんの影が見える。けど、彼には全く動きがない。人形の可能性が高いかも。こっちはおそらくフェイクだね」
小さく息を吸った。
「だからわたしたちはA室を狙う、と見せかけて二人一緒にもう一方の三階東側の部屋に向かう。こちらをB室としよう。爆豪くんは、まずA室の壁に穴を開けてほしい。百ちゃんの捕獲はカラスに任せる。……いけそう?」
彼は応答するように、両腕の籠手をガツンと合わせた。
爆豪くんがわたしに膝裏を抱えられる形で、逆さ吊りになっている。男子高校生、なかなかの重さだが飛べないほどじゃない。
五階の高さに着いて「さっきの大爆発ほどじゃなくていいからね」という忠告に、彼は「うるせェ、だァーってろ」と返した。力の加減くらいは自分にまかせろ、ということらしい。
ガシャ───ン!
けたたましい爆音と共に、窓ガラスと氷が割れた。開いた穴から大量のカラスを侵入させる。わたしたちはそのまま三階東側の外壁へと急降下した。
ドガ───ン!
今度は鉄筋コンクリートの壁面に轟音を伴って穴が開いた。吹き荒ぶ凄まじい爆風に、なんとかホバリングを保つ。
「いくよ!」
間髪入れずに爆豪くんを穴の中へ放り投げた。器用に着地した彼を見て、自分もB室へと降り立つ。
A室のカラスから〝確保した〟という知らせが届いた。
対人用の防護策は張られていただろうが、大量のカラス相手では対応が遅れたのだろう。人間にテープを巻くくらい、頭の良いカラスには造作もないことなのだ。
「八百万さん確保。A室はフェイク!」
煙が晴れると、A室と同様のコンテナを背に轟くんが立っていた。おそらくあれが、本命の核。
「……まさか索敵に優れた奴だったとはな」
「お褒めの言葉、ありがとう」
さあ、こっからが本番!
轟くんに向かって真っ直ぐに走り出した爆豪くんの後ろを、なぞるように自分の足で追いかける。
もし轟くんに燃焼を使われたら、正直わたしはまったく歯が立たない。なぜなら翼の一番の弱点は〝火〟だからだ。もちろん体の火傷は治るが、超再生の件はあまり露呈させたくない。
そして冷却も、この狭い空間ではおそらく避けられない。そして避けられなければ、弓を引けないわたしはジ・エンドだ。
つまるところ、現時点では爆豪くんを盾にして近づくのがもっとも合理的なのだ。彼なら爆破で炎の威力を減らせるし、氷なら爆破して破壊できる。 なんともすばらしい〝最強〟の盾というわけだ。
突如、正面から巨大な氷が出現し〝そっち〟で来たか! と翼を縮める。爆豪くんが瞬時に眼前の氷を爆破した。そのまま間髪入れずに爆破を続け、どんどんと前に突き進んでいく。その後ろ姿に頼もしさを感じながら追従すると、しばらくして視界が開けた。
残されたスペースは矮小で、爆豪くんは勢いそのままに轟くんの懐へ突っ込んでいく。広範囲攻撃で自身の逃げ場も削った轟くんが「チッ!」と漏らして、爆豪くんからの一撃を腹にくらった。
弾き飛ばされた彼が、コンテナへと飛んでいく。ハリボテと判ってはいるが、核に人間をぶち当てるわけにはいかない。瞬時に二人を頭上から追い越し、テープと共に両腕を横に広げた。
なんとかキャッチして、そのまま背後から抱きつくように彼の身体にテープを巻き付ける。あまりの勢いに、そのまま床へと倒れ込んだ。
見た目より重量感のある男子高校生をそっと押しのけて、なんとか下から這い出る。轟くんは呆然としたまま、床に転がっていた。
部屋に降り立ってから、ものの一分足らずの出来事だった。しかし敵の身体にはしっかりと白い確保テープが巻き付いている。
「勝ったあ!」
うっすら口を開けたままの爆豪くんに、わたしはこれでもかってほどの笑顔とVサインをお届けしてやった。