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屋内対人戦闘訓練 ②

「さて、最後に残っていたのは苗字少女だったか。そうだなあ、まだ体力に余裕のある生徒はいるかい?」

 数人が勢いよく手を挙げた。それを見てニヤリとするオールマイト。

「……では敵役に轟少年と八百万少女、いけるかい?」

 あ、これはわたしの無個性の件、知ってるな。

 入学前のガイダンスでは、オールマイトの姿はなかった。教員就任の話は4月まで伏せられていたようだから、居なくて当然なのだけど。しかしヒーロー科の教師だからわたしの秘密が共有されているのは間違いないだろう。しかも推薦入学者を当ててくるあたり、わたしの力試しときている。多分、いや絶対。

「それからヒーロー役は──」
「わたし、爆豪くんと組みたいです」

 一斉にまわりがわたしの顔を見た。正気か、と隣に立つ赤い髪の男の子が顔を覗き込んでくる。

「ハハハ! ご指名か! いいだろう!……しかし、爆豪少年はどうかな?」
「……俺は、」

 さきほどの戦闘訓練と講評で、すっかり意気消沈の様子だ。──それでも、この状況では彼の力が必要だ、とわたしの勘が告げていた。

 彼の前まで歩いて、もう一度はっきりと言葉にする。

「わたし、爆豪くんと組みたいです」


 今回の演習用ビルは、北側の壁面がガラス窓の廃墟だ。広間が多く、部屋数は少ない。渡されたビルの見取り図にさらっと目を通す。轟くんと百ちゃんの個性は、さきほどの訓練でおおむね把握した。どちらも素晴らしい、そして厄介な個性。組み合わせれば、ことさらだ。

 つまり今回の訓練は、戦略が肝となる。状況を正確に把握し、なによりも情報戦で優位に立つ必要がある。その観点でいえば、わたしには一つだけ確実に優位性を担保しているものがあった。──カラスの”目”だ。

「オイ、……ンで俺を指名した」

 見取り図に視線を落としたまま、爆豪くんがまるで独り言のように、か細く尋ねた。緑谷くんに負けたのがよっぽどショックなのだろう。入学前からの知り合いのようだし、もしかしたら因縁の関係なのかもしれない。

「……戦闘力とコントロールの繊細さ、あとはさっき負けたから、かな」
「ア゛!? テメェ、俺をコケにするために選んだんか!」

 ちがうよ、とやわらかく制した。

「頭に血がのぼってる人は、勝てる戦も勝てない、さっきの爆豪くんみたいに。……だけど、今の爆豪くんはたぶん負けたくなかった人に負けて、打ちのめされて……とても落ち着いてる。純粋な戦闘力だけなら、轟くんや百ちゃんと互角に渡り合える。特に轟くんの個性にはわたしじゃなく、あなたが必要だと思って。冷静な爆豪くんは、きっと”最強”だよ。だからね、」

 彼の眼前に向き直り、少しでも自信を取り戻せるようにと笑顔をつくった。

「……わたしが、必ず勝たせてあげる」


 開始のゴングとともに、廃墟ビルの壁面が氷で覆われた。事前に話をつけておいた爆豪くんは、となりで静かに待ち状態だ。それを確認して、わたしは瞼を閉じた。

 東西南北に待機させたカラスたちに指示を送る。それとは別に出入口から数匹を侵入させた。カラスの目を借りることは、操作するよりもずっと簡単だ。あらゆる方角からの情報が、わたしの頭に集約されていく。

 北側のガラス窓は特に厚い氷で囲われていた。翼をもった”わたし対策”だろう。しかし室内が見えないほどじゃない。本来カラスの視力は、人間の数段上なのだ。かくいうわたしも、通常の人間の5倍ほどの視力がある。

「……オイ、いつまで待たせる気だ」
「木こりのジレンマ」
「ア゛?」
「”もしわたしが木を切る仕事を8時間与えられたなら、その内6時間は斧を研ぐのに使うだろう”──リンカーンの言葉だよ。もう少し待ってて」
「……チッ」

 3分ほど経過しただろうか。状況は概ね掴めた。爆豪くんに見たままを伝える。

「氷で厚く覆われていて中に入れない部屋が二つある、3階と5階フロア。──外から確認できるのはその内の一室、5階北側の窓に面した部屋、A室としよう。何かを囲ったようなコンテナと百ちゃ……八百万さん。あと、うっすら轟くんの影が見える。けど彼にはまったく動きがない。人形の可能性が高いかも。……こっちはおそらくフェイクだね。だからわたしたちはA室を狙う、と見せかけて二人一緒にもう一方の3階東側の部屋に向かう。こちらをB室としよう。爆豪くんは、まずA室の壁に穴を開けてほしい。百ちゃんの捕獲はカラスにまかせる。……いけそう?」

 彼は応答するように、両腕の籠手をガツンと合わせた。


 爆豪くんがわたしに膝裏を抱えられる形で、逆さ吊りになっている。男子高校生、なかなかの重さだが飛べないほどじゃない。5階の高さに着いて「さっきの大爆発ほどじゃなくていいからね」というわたしの忠告に、彼は「うるせェ、だァーってろ」と返した。力の加減くらいは自分にまかせろ、とでも言いたげだ。

ガシャ───ン!!

 けたたましい爆音とともに、窓と氷が割れた。開いた穴から大量のカラスを侵入させる。わたしたちはそのまま3階東側の外壁へと急降下した。

ドガ───ン!!!

 今度は鉄筋コンクリートの壁面に轟音を伴って穴が開いた。吹きすさぶ凄まじい爆風に、なんとかホバリングを保つ。間髪入れずに爆豪くんを穴の中へ放り投げた。器用に着地した彼を見て、自分もB室へと降り立つ。

 カラスから”確保した”という知らせが届いた。対人用の防護策は張られていただろうが、大量のカラス相手では対応が遅れたのだろう。人間にテープを巻くくらい、カラスには造作もないことなのだ。

「八百万さん確保。A室はフェイク!」

 煙が晴れると、A室と同様のコンテナを背に轟くんが立っているのが見えた。おそらくあれが、本命の核。

「……まさか索敵に優れた奴だったとはな」
「お褒めのことば、ありがとう」

 さあ、こっからが本番!

 轟くんに向かって真っ直ぐに走り出した爆豪くんの後ろを、なぞるように自分の足で追いかける。

 もし轟くんに燃焼を使われたら、正直わたしはまったく歯がたたない。なぜなら翼の一番の弱点は、”炎”だからだ。もちろん体の火傷は治るが、超再生の件はあまり露呈させたくない。
 そして冷却もこの狭い空間ではおそらく避けられない。そして避けられなければ、弓を引けないわたしはジ・エンドだ。
 つまるところ、現時点では爆豪くんを盾にして近づくのがもっとも合理的なのだ。彼なら爆破で炎の威力を減らせるし、氷なら爆破して破壊できる。なんともすばらしい”最強”の盾というわけだ。

 突如、正面から巨大な氷が出現し、”そっち”で来たか! と翼を縮める。爆豪くんが瞬時に眼前の氷を爆破した。そのまま間髪入れずに爆破を続け、どんどんと前に突き進んでいく。その後ろ姿に頼もしさを感じながらついていくと、しばらくして視界が開けた。

 残されたスペースは矮小で、爆豪くんは勢いそのままに轟くんの懐へ突っ込む。広範囲攻撃で自身の逃げ場も失った轟くんが「チッ!」と漏らして、爆豪くんからの一撃を腹にくらった。

 弾き飛ばされた轟くんが、コンテナに飛んでいく。ハリボテと判ってはいるが、核に人間をぶち当てるわけにはいかない。瞬時に二人を頭上から追い越し、両腕をテープとともに横に広げた。なんとかキャッチして、そのまま背後から抱きつくように彼の身体にテープを巻き付ける。あまりの勢いにそのまま床へ倒れ込んだ。

 見た目より重量感のある男子高校生をそっと押しのけて、なんとか下から這い出る。轟くんは呆然としたまま、床に転がっていた。
 部屋に降り立ってから、ものの1分足らずの出来事だった。しかしその体にはしっかりと白い確保テープが巻き付いている。

「…… 勝ったあ!」

 うっすら口を開けたままの爆豪くんに、わたしはこれでもかってほどの笑顔とVサインをお届けしてやった。

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