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八、放課後の反省会

 七限目の授業を終えて、放課後の教室では戦闘訓練の反省会が開かれていた。

「名前、戦闘訓練すごかったね! カラス操れるなんて聞いてないよ!」
「それな! まさかあの推薦入試組に勝っちまうなんてよ。熱いぜお前ェ!」

 三奈ちゃんが机の向こうから身を乗り出すと、その隣で切島くんが拳を突き上げた。
 この二人の熱量は、常に高い。空気感も似ていて出会った当初から一切の壁がないから、こちらも変に気負わず会話ができている。人見知りな性分には大変助かっている。
 小学生の頃にも、似たような子がいた──おてんばなのにいつも友達に囲まれている子。今までの自分では絶対に無縁だった人たち。
 けれども今は、大切なお友達だ。

「いや、あれは爆豪くんがすごかっただけだよ」
「くそー、俺ももう一戦やりたかったぜ!」

 やわく手を振ると、隣で砂藤くんが天を仰いだ。
 彼は甘いものを食べて力に変えてしまう。女子高生には夢のような個性をアンパンマンのように使いこなすから、とっても素敵。

 噂の爆豪くんはというと、つい先ほどさっさと帰ってしまった。
 改めてお礼を伝えたかったけれど、どことなくまだ意気消沈のご様子だったので、あえて声はかけなかった。そもそもお節介をしようにも、彼の心に塗る薬は持ち合わせていない。

「そういや八百万、落ち込んでなかったか?」

 瀬呂くんが不意に問いかける。

「百ちゃん? うーん、落ち込んではいたかも」
「やっぱりな~、カラスに捕まったら俺でも落ち込むわ」

 苦笑いを浮かべる瀬呂くん。確かに落ち込んではいたんだけど、と訓練終わりの更衣室でのやりとりを思い出していた。

『完全にやられましたわ。まさかカラスに捕まるとは……』
『だって百ちゃんの籠城するエリアには入りたくなかったんだもん』
『確かに! なんかこわーい装置いっぱいあったよねー』
『(やっぱり……)』

 透ちゃんの隣で「とっておきのトラップでしたのに!」 とプリプリする百ちゃん。その姿が講評の時の凛とした姿からは想像もできないほどの愛らしさで、着替えながら皆でほわほわした。
 思い出して、ふふ、とまた笑みがこぼれる。

「落ち込んでたけど、プリプリする百ちゃんが可愛かったよ」

 なんだそれ、と瀬呂くんが弾けて笑った。
 その奥から大きな丸い瞳の女の子が、ひょこっと顔を出す。

「私の個性は蛙だけど蛙は操れないもの。名前ちゃん本当にすごいわ」
「あ、蛙吹さんっ、ありがとう」
「梅雨ちゃんと呼んで」
「つゆちゃん?」
「ええ、お友達にはそう呼んでほしいの」
「 ……うれしい。梅雨ちゃん、よろしくね」

 しみじみして、顔が綻んだ。集団生活に不慣れな性分が今回ばかりは難を逃れたらしい。これで女の子は全員とお話しできたはず。今日の訓練頑張ってよかった、と心の中でガッツポーズを決めるくらいにはしっかり浮かれた。
 心配性の兄にも『無事に女の子のお友達ができました』と色よい報告ができそうだ。

 放課後のお喋りって、こんなに楽しかったんだな──。

 思い返せば初めてかもしれない。
 小学生の頃は、学校というと自分にとってあまり楽しい場所ではなかった。今のこの状況をあの頃のわたしに聞かせてあげたら、きっと「信じられない」と耳を疑うに違いない。
 井の中の蛙だったのだ。そしてそのことを真に理解するのは、いつだって井戸を出た後で。お友達をつくることはあなたが思っているほど難しいことでもないみたいよ、と胸に棲む引っ込み思案の子にやさしく声を掛けた。

「さっきから、なーにニヤニヤしてんの」
「ううん、なんでもないよ」

 そっか、と言いながら瀬呂くんが口の端をニッと上げた。彼はわたしの中で、もうすっかり話しやすい人認定されている。

 こうやってクラスメイトに声を掛けてもらえて、輪の中に入れてもらえることが素直に嬉しい。
 そういえば、緑谷くんはまだかな。
 楽しく談笑していると、教室の扉が開いた。

「あ、緑谷くん!」

 わたしの掛け声を合図に、切島くんたちが凄まじい勢いで彼を取り囲んだ。興奮と熱気に周りを包囲された緑谷くんがあたふたしていて、それがなんだかとても可愛く見えた。


 帰り道。

 校門を抜けると、夕日の溶け出した海が遠くに広がっていた。地元で見ていた海とは少し雰囲気が違うけれど、こっちの海も気に入っている。

 振り返ると、ガラス張りの校舎が紅く染まっていた。ひとつ大きな風が吹いて、羽がそのひとつひとつで心地よさを受けとる。この海の見える紅い空を思いのままに飛べたら、どれだけ気持ちいいだろう。

「苗字さん、どうしたの?」
「ううん、なんでもない。風が気持ちよくて」
「うん、本当だね」

 飯田くん、緑谷くん、お茶子ちゃん、は昨日と同じ帰宅メンバーだ。わたしと緑谷くんの前を飯田くんとお茶子ちゃんが並んで歩いている。どうやら二人は電車の時間を調べているらしい。
 自分は校門前の坂を下ったところに家を借りているので、本当は誰かを待たずともひとりでさっさと帰れるのだが、昨日三人と過ごした帰り道がとても楽しくて今日も彼らと帰宅することに決めた。

「そういえば緑谷くん、怪我は治してもらえなかったの?」
「いや、これは僕の体力的なあれで……続きはまた明日ってリカバリーガールが」
「そうなんだ。個性使うといつも怪我しちゃう感じ?」
「うん、まだまだ使いこなせなくて」
「そっか、たいへんだね」

 彼の右腕は首から吊られていた。今日はお風呂に入るのも大変だろう。一度で治癒できないということは、骨が複雑に折れているのかもしれない。
 その感覚は常人に比べて割と知っている方だが、わたしの場合はすぐに再生してしまうため、逆にいえば慢性的な痛みが続くことはない。それゆえに彼の右腕がとても痛ましく思えた。

「でも、爆豪くんの攻撃を何度も凌いでて、緑谷くんすごいなって思ったよ」
「ありがとう。かっちゃんはずっと昔から見てきたから、なんとなく動きが分かるんだ。ノートにもまとめてあって──」
「ノート?」
「う、うん。恥ずかしくて人には見せられないようなものなんだけどね。すごいと思ったヒーローはノートにまとめてあるんだ」
「え、見たい!」
「え! ……あ、うん。よかったら、明日持ってくるよ」

 字も汚いし一度捨てられたノートだからすごい汚れてるし張り付いてるページもあって──とブツブツ呟いていたので「それでも見たいな」と顔を覗き込むと「は、はい!」と元気に返事をされた。やっぱり彼はかわいい。

 やさしいだけじゃなくて、努力家なんだね。感心していると「なになに~? なんの話?」とお茶子ちゃんが振り向いた。

「飯田くんの眼鏡、四角いねって話」
「え、ええ~~⁉」

 緑谷くんの驚く声に、ふふと笑みを返す。

「わかるう! 飯田くんって感じのメガネ!」
「俺の眼鏡か? 眼鏡はふつう四角いと思うぞ?」

 こんな楽しい帰り道、ひとりで帰るのなんてもったいない。
 我が家は、もうすぐそこだ。もっと遠くに家を借りればよかったと、しあわせな後悔の念が頭を掠めていった。

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