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九、推したいのはそばかすの君

 朝から校門前が騒がしい。
 なんだろう、と遠目で確認すると、飯田くんがマスコミらしき集団に囲まれてインタビューを受けていた。ああ、オールマイトの就任の件か、とすぐさま答えに辿り着く。連日ニュースで取り沙汰されている、今世間で話題のあれだ。
 このまま行けばわたしも声を掛けらてしまうだろう。

 朝から面倒だなあ──。

 前後をささっと見渡して、学生が少ないことを確認する。

 よし、今ならいっか。

 地面を強く蹴り上げた。体がふわりと宙に浮く。こんな塀を飛び越えるなんてお茶の子さいさい。学生証を持ってるから、さすがに警報は鳴らないはずだ。こそっと上から入らせてもらおう。
 スカートを押さえつつ、そっと校内へ着地しようとした、その時。

「オイ」
「わ! ……相澤さん」

 死角から黒い影ががにょきっと飛び出した。危ない。危うく着地で足をひねるところだった。

「塀を飛び越えるな。セキュリティの意味ねェだろうが」
「う、……ごめんなさい」

 ツイテナイ。なんでこの人はいつもタイミング悪く現れるのだろう。勘弁してくれ。ただでさえこっちは、あなたに目をつけられているってのに。

「マスコミ、すごいですよ」
「ああ、今から注意しにいくとこだ。ったく、面倒くせェ」

 首の後ろに手を掛けて、相澤さんは首をポキポキと鳴らせた。それでもなお、彼の顔には面倒臭いがこびりついている。

「……それと苗字、いい加減〝さん〟付けはよせ」
「あ、そうですよね。すいません、つい最初の癖で」
「ったく」

 相澤〝先生〟はそのままゲートに群がる記者たちの方へと歩いていった。いつもの数倍気だるげな後ろ姿を見送る。
 老けてるなあ、あの人何歳なんだろ。

 彼はすぐさま入口前の記者たちに囲まれた。

「あの、オールマイトの──って小汚な! なんですか、あなたは⁉」
「彼は今日非番です。授業の妨げになるんでお引き取りください」

 ぶはっ、小汚いって──!

 遠くから聞こえた女性記者の言葉に、つい吹き出してしまった。その場でクスクスと笑っていると、小汚い〝先生〟がそそくさと戻ってくる。面倒臭いの上に不機嫌が上乗せされていた。

「ふふ、〝せんせい〟言われてましたね」
「うるせェ、……俺は合理的に生きてんだよ」

 合理的に生きている結果、髪も髭もボサボサになっているらしい。意味がわからない。まあ、そういうことにしておきますか〝せんせい〟。
 その後、相澤さんに二度目の「うるせェぞ」をくらうまで、しばらく笑いが止まらなかった。


 朝のホームルームが始まった。

「昨日の戦闘訓練おつかれ。VTRと成績見させてもらった。爆豪、お前もうガキみてェな真似すんな、能力あるんだから」
「……わかってる」
「で、緑谷はまーた腕ブッ壊して一件落着か。個性の制御、いつまでも『できないから仕方ない』じゃ通させねェぞ。俺は同じことを言うのは嫌いだ。それさえクリアすればできることは多い。焦れよ、緑谷」
「っはい!」
「さて、HRの本題だ。急で悪いが、今日は君らに──学級委員長を決めてもらう」

 学校っぽいのきた──!

 臨時テストか、とヒヤリとした身体をさすって宥める。クラス全体が安堵のため息に包まれた。
 学校っぽいのはうれしいけれど、正直なところ学級委員長はあまりやりたくはない。あんなの雑務以外のなにものでもない。昔はよく押しつけられていたから、いい印象がない。どうせみんなもやりたくないんだろうけど、と肘をついて窓の外を眺めた。
 しかし予想に反して、わたし以外のほぼ全員が手を挙げていた。我こそは!というみんなの気概に、目を剥く。意味がわからない。

「静粛にしたまえ! 多を牽引する責任重大な仕事だぞ! 『やりたい者』がやれるモノではないだろう! 周囲からの信頼あってこそ務まる聖務。民主主義に則り真のリーダーをみんなで決めるというのなら、──これは投票で決めるべき議案!」

 粛々と演説する飯田くんの腕が誰よりもそびえ立っていた。クラスにはまだ話したことない人もいるので、投票と言われると正直疑問は残るが、誰かに一票を投じるならわたしの心はひとりに決まっている。

「どうでしょうか、先生!」
「時間内に決めりゃ、なんでもいいよ」
「ありがとうございます!」

 投票が始まって、立候補する気のないわたしは白い紙に〝とある人〟の名前を書いて、そそくさと投票箱に入れる。席に戻るとき、目が合った緑谷くんににっこりと笑いかけておいた。

「僕、四票──!?」
「なんでデクに! 誰が!」
「まぁ、おめェに入れるよか分かるけどな」

 わお、緑谷くんって人望あるんだなあ、と呑気に見守る。一票も入ってない名前を誰かが炙り出さないかドキドキしながら、時が過ぎるのを待った。

「じゃあ委員長は緑谷。副委員長は八百万だ」
「まじで、まじでか……」

 さすがと言うべき百ちゃんの隣で、ガチガチに震える緑谷くん。その姿に嗜虐心をそそられていると、投票結果に納得する声がちらほらと聞こえてきた。

「いいんじゃないかしら」
「緑谷、なんだかんだで熱いしな!」
「八百万は講評のときのが、かっこよかったし」

 うんうん、わたしもそう思ったの。にこにこが止められない。

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